階段の音
夜、ふと目が覚めた。
寝苦しさを感じなから携帯電話で時間を確認すると、午前二時。
(まだ真夜中じ
ゃないか)
タイマーをかけていたエアコンはすでに止まっていて、扇風機の音さえも聞こえない。
(暑い……)
八月も半ば。窓を開けても入ってくるのは、じっとりとした暑い空気だけだ。
寝転がったまま、枕元に置いたはずのリモコンに手を伸ばす。エアコンをつけようとし、隣に寝ている妻の様子をうかがう。
妻は寒がりだ。私が冷房を入れるとすかさず設定温度を上げるし、寝る時は夏でもタオルケットの他に薄い毛布をかけている。
(まあ、少しくらいなら良いだろう)
私はエアコンのスイッチを入れた。
小さな音が聞こえてきたのは、そんな時だった。
カツン……
どこからか、何か軽い物が当たる音が聞こえてきた。
カツン……カツン……
寝室の外だ。私と妻しかいない静まり返った家の中に、小さな音が響く。
カツン……カツン……カツン……
音は、階段の下の方から聞こえてくる。
カツン……カツン……カツン……カツン……
まるで足音のようなリズムで、その音はだんだんと近づいてくる。
カツン……カツン……カツン……カツン……カツン……
(……何かが階段を上ってくる?)
暑さと眠気でぼんやりした頭でそう考えた時、
カツン……カツン……カッ
音が、途切れた。
何かが階段を上りきったのだ。
そして、小さな物を引きずる音が、開いていたドアの隙間から寝室に駆け込み、私の枕元に一直線にやって来た。
そいつは、ニャーンと鳴いた。
「何だ、ミイか」
暗闇の中、白い猫の姿が浮かび上がる。
ミイは口にオモチャをくわえていた。赤いプラスチックの棒の先に、白い動物の毛が付いた猫じゃらし。どこのペットショップでも置いてあるヤツで、ミイの一番のお気に入りだった。
「遊んでほしいのか」
確か引き出しの奥に入れていたはずだが、引っ張り出してここまで持って来たのだろう。
白い毛の部分をくわえ、プラスチックの柄を引きずりながら。
何のことはない。あれは、ミイが階段を上ってくる時に、プラスチックの柄が階段の角に当たる音だったのだ。
ホッとすると同時にエアコンの涼しい風が私を包み込み、眠気でまぶたが重くなる。
「ごめんな。また明日遊ぼうな」
ミイの頭をなでようと手を伸ばしたところで私の意識は途切れた。
翌朝、少し迷ったが、私は昨夜の出来事を妻に話した。
思ったとおり妻はとても驚いた顔をしたが、
「そうね、お盆だものね」
少しだけ微笑み、細めた目を隣の和室に向ける。
和室にある仏壇には、早くに亡くなった両親の位牌の横に、白い猫の写真が飾ってある。