ちいさな石の話
朝八時に出勤して、夕方六時上がり。
仕事場所は会社の中庭。
その人は七月になると現われて、九月になるといなくなる。
一日中、庭の敷石に立
ったまま、目を閉じている。
噂では、時給換算で社長よりも高給取りだそうだ。
羨みつつも、じゃあ代るかと言われれば誰しも首を横に振る。
その人と初めて話したのは七月中旬の朝だった。朝イチ納品のために一時間早く出勤した。入口横の非常口前に真っ黒に日焼けした作業服姿の男が立っていた。私に気づくと作業帽を脱いで一礼する。頭頂部に見覚えがあった。
「非常口が閉まっていて、困ってたんです」
小さいけれども低くて意外に澄んだ声だった。暗証番号をプッシュしてキーボックスを開け、ドアを解錠する。
「ありがとうございます。助かりました」
そう言うと、その人は私のあとから社屋へと入った。途中で振り向くと、既に姿はなかった。
次に会ったのは夕方の退勤時だった。郵便局に寄るために塀に沿って歩き、角を曲がると作業服の背中を丸めて低く呻いていた。あの、大丈夫ですか。
「はい。ありがとうございます」
飲みかけのミネラルウォーターをとっさに差し出すと、首を振った。脱水症状ですよ、と言うと、いいんです、と返ってくる。
「それが私の仕事ですから」
その人、芳賀さんは毎日、中庭で直射日光に晒され、脱水状態になる。
「結石をね、作るためなんです」
できやすい体質を見込まれてスカウトされた。毎日検査を受け結石の成長を確認する。自然排石させず数㎝に達したところで衝撃波破砕術を受ける。腎臓そのものにダメージが加わりしばらく血尿が止まらないという。
「そのデータをね、会社が買ってるんです。生体実験と言われないよう、あくまでも中庭での作業員として」
夏の終わりには破砕術や手術のために病院に送られるのだそうだ。
「でもね、そろそろお役御免かもしれません。腎機能が落ちてるんです。数えきれないくらい結石を作って、衝撃波や手術でボロボロにしちゃいましたからね。移植にも使えませんよ」
そう言って静かに笑った。
口止めされたので、それ以上のことは言えない。
ほどなく、芳賀さんの姿は中庭から消え、入れ替わりに小太りの男性がやって来た。芳賀さんのように直立ではなく、椅子を持参して座ったり、新聞紙を被って横たわったりした。
「楽な仕事だな。地獄だけど」
誰かが言う。
その通りだと思う。
どこかしら痛む身体を抱えて、社屋の中を無数の人影が今日も歩き続ける。