てきすとぽい
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第29回 てきすとぽい杯
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別れ道のふたり
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2015.10.17 23:42
字数 : 2331
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別れ道のふたり
犬子蓮木
とても大きな音だ
っ
た。
それが最後の記憶だ
っ
た。
最後? では今、この状態はなんであろうか、と木暮竜樹は思う。今は夜。足元では暗い中を大勢の人間が大騒ぎしていた。さ
っ
きまでそこにあ
っ
た橋は風で途中から砕けてなくな
っ
ていた。そこを車で渡
っ
ている途中だ
っ
たのだけど、なぜか今は空に浮かんでいる。
つまり幽霊にな
っ
たのだなと木暮は自覚した。
乗
っ
ていた車は川に落ちて、なにかのモニ
ュ
メントのように突き刺さ
っ
ていた。
行
っ
てみようか。
意識すると木暮の体は自然に車の方へと向か
っ
て移動した。空が飛べるらしい。それでも気持ちがいいとは思わなか
っ
た。
車には同乗者がいた。友人の水野春友だ。周りには浮かんでいないところを見ると、まだ生きているか、それともこんな風な死後の世界は人それぞれで孤独なのかもしれない。
車の周りにはレスキ
ュ
ー
隊らしい人たちが大きな声でなにかをしていた。さらに近づくと呻き声を出している水野がいた。生きている。そしてそのとなりにぐ
っ
たりとしている自身の姿を見つけた。
死んでいるのか。
特にこれとい
っ
て感傷はない。
なぜこれほど落ち着いていられるのかわからないが、肉体がないせいかもしれない。もしくは個人差。
ず
っ
と眺めているとどうも車から水野を助け出すことが難しい様子だ
っ
た。崖の下の川で、装備の整
っ
た車が入れないためだろう。時間がかかり、水野がだんだんと衰弱していくのがよくわか
っ
た。
もうダメだろうな、と思
っ
たところで、ふわ
っ
と出てくるものがあ
っ
た。
それはどこか透明な霧のようで、最初は白くそしてわずかに色づいて形が人のようになり、ゆ
っ
くりと水野の姿とな
っ
てい
っ
た。
死んでしま
っ
たか。
車の中の水野はもう呻き声も止ま
っ
ていた。
「よう」
眼をあけて、き
ょ
ろき
ょ
ろしていた様子の幽霊水野に声をかける。
「木暮、なんだよこれ」
「俺もさ
っ
き気付いたばかりなんだが、どうも観察するに幽霊
っ
てやつじ
ゃ
ないかと思う」
「はあ?」
「車に俺らの死体あるし」と木暮は車の方に視線をや
っ
た。
水野が車の方を見ると、表情が蒼白となり、体がゆ
っ
くりと沈んでい
っ
た。
「なんなんだよこれ」
「知らねー
よ」
突然の死に水野は混乱しているようだ
っ
た。そんなことを言えば、自分もなのだけど、と木暮は思
っ
たが、やはりそれぞれの考え方などに違いがあるのかもしれない。
「ロンドン橋落ちた
っ
てな」木暮は上を見る。壊れた橋が見えた。「一緒に車も落ちちま
っ
たが」
「なんだよそれ」
「マザー
グー
ス」
「いや、それがわかんねー
し」
そもそもなんでこんなところを男二人でドライブしていたのか、それが思い出せなか
っ
た。こんな山奥を走る理由があ
っ
たのだろうか。名前は思い出せる。目の前の人間の名前も水野だとわかる。だけど職業だとか家族だとかそうい
っ
たものが思い浮かばない。
「他にもいるのかな?」
「何が?」
「幽霊、俺たちみたいな」
「俺は死んでねー
し」
木暮は勢い良く振りかぶ
っ
て水野に殴りかか
っ
た。しかし、木暮の拳は水野の顔をすり抜けてしま
っ
た。
「あたらねー
な」
「なにすんだよ、あぶねー
じ
ゃ
ん」
「あた
っ
てねー
じ
ゃ
ん」木暮は笑う。「俺たち
っ
てさ、友達だ
っ
け?」
「そうだろ?」
「どこで知り合
っ
たけ?」
水野が何かを考えている。しかし思い浮かばないようだ。
「というか誰だ
っ
け? おれら」
「わかんねー
」
「街のほう行
っ
てみるか」
木暮はなんとなく気になる方に向か
っ
て飛び始めた。
「待てよ。置いてくな
っ
て」
そのあとを水野がついてくる。
街は寝静ま
っ
ていた。家がどこか思い出せない。ゆ
っ
くりと休みたいような気分だ
っ
たが、落ち着く場所が思い当たらなか
っ
た。とりあえず、公園へで降りて、ベンチに座
っ
た。となりについてきた水野も座る。
「はー
疲れたな」
水野が革靴を脱いで、靴下も脱いだ。
「生足。そんなの出すなよ」
「いや、幽霊でも足あるんだな
っ
て思
っ
て」
そんなのかよ、と木暮は笑う。
「これからどうするか。他に俺たちみたいのいないみたいだよな。死んでから一時的になるのか、それともそもそもこんな風になることがおかしいのか」
「話しかけても普通の人間にはわからないみたいだしな」
「二人だけとかはさみしいなー
」
どうしようもない状況に二人はしばらく沈黙した。
「おい、おまえ薄くな
っ
てね」水野が言う。
「そうか?」
自分の体なんかはよくみてなか
っ
たが、言われてみればそうかもしれない、と木暮は思う。
だんだんと消えていくようだ
っ
た。
「俺の方がさきだ
っ
たからな。消えるのもはやいのかもしれない」
「おい、待てよ」水野が慌てている。
「まあ、同じ所に行くか、完全に消えるんだろ。じ
ゃ
あな」
目を覚ます。
木暮は病院にいた。なんとなく見ていた夢を覚えている。水野とふたりで事故にあ
っ
て、幽霊とな
っ
た夢。それがどこまでが夢なのかはわからないが、どうも事故にあ
っ
たのは本当だ
っ
たらしい。いろいろな機械から伸びるチ
ュ
ー
ブにつながれて、木暮はどうにかして延命しているという様子だ
っ
た。
木暮の様子に気付いた看護師が外に何かを連絡しに行
っ
たようだ
っ
た。かわりに見知らぬ男が入
っ
てくる。
「水野は死んだよ」
「そう」
つまり自分は助か
っ
たから、幽霊でなくな
っ
たということか。ひとりでさみしいだろうな、と水野を思う。
「あなたは?」
「警察だ」男が警察手帳を出した。「お前らふたりを追
っ
ていた。覚えてないか?」
考えてみたがや
っ
ぱり覚えていない。ただ、なにかしたんだろうな、という感覚だけはあ
っ
た。
「覚えてないね」
「じ
ゃ
あ、元気にな
っ
たら思い出すように取り調べだ」男が笑いながら出て行
っ
た。
静かになる病室。
「水野」
もしかしたら近くにいるのだはないかと声を出した。
だけどもちろん返事はない。
もしかして幽霊にな
っ
たままのほうが幸せだ
っ
たろうか。 <了>
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