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第4回 てきすとぽい杯
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雨女と晴れ男
 投稿時刻 : 2013.04.14 00:08
 字数 : 2483
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雨女と晴れ男
永坂暖日


……何、これ?」
 わたしはある日、物書き友人に一枚の絵を見せられた。
[※ここに挿絵]
「創作意欲を刺激するためのプロトを考えてみたの」
「プロ……どれ?」
 怪訝な顔で尋ねたものの、答えはなんとなく分かていた。
「これ」
 予想通り、友人は件の絵を指さす。
 プロトは文章で書くものと思ていたわたしにとて、斬新すぎるプロトだ。というか、どれが一体何を意味してどういう話になるのか、さぱり分からない。
 それを思た通り友人に言うと、
「描いた時は『いける!』て思たんだけど、日を追うごとに細部を忘れてきちて」
「ちと」
「だからね、とりあえず覚えている範囲で忘れたところは新たな想像で補いつつ、書いてみたのよ」
 そう言て、友人はコピー用紙を鞄から引張り出した。
 差し出されたそれを受け取り、目を通す。タイトルは――

『雨女と晴れ男』

 昼に見た天気予報では、夜までの降水確率は20%だた。
 しかし、この雨である。
 晴天で乾いていたアスフルトはたちまち黒く色を変え、あちらこちらに水溜まりをつくる。そこには大きな波紋がいくつも生まれて重なり合て、少しずつ水の領域を広げていく。
 それに加勢するかのように、彼は水を蹴散らした。わざとではない。避けられる分は避けるが、避けた先にもあるからどうしようもない。
 突然の雨と20%という降水確率だたので、傘は持ていなかた。そうなると必然、雨宿りできる場所を探して走ることになる。手持ちのビジネスバグで少しでも雨を遮ろうとする。今日は重要な書類は入ていなくて良かたが、それでも中まで水が染み込むのは嫌だた。
 ようやく、雨宿りできそうな軒先を見つけた。シターが降りた商店の店先で、先客はいない。彼はそこに駆け込むと、ふうと息を吐く。
 紺に近い色の生地だから見た目には分かりづらいが、肩やズボンの裾はすかり濡れている。バグを犠牲に雨を避けた割りに、濡れていないのは髪の毛くらいだ。
 中に入れてあるハンカチの無事を祈りながら取り出そうとした時、水音を聞いた。雨が地面を打つ音よりももと大きい、しかし彼が水を蹴散らしていた時よりはずと小さい――要するに、歩いている人が立てるような水音を。
 見れば、彼とそう変わらない年頃の女性が、傘もささずに歩いていた。緩やかにウブする長い髪がすかり濡れている。雨が降り出した時から、彼女は慌てることもなく歩いていたのだろうと伺わせた。うつむいて歩いているから彼のいる軒下を見つけられないのか、それとももとより探すつもりがないからあんなに濡れているのか。あるいは、あそこまで濡れたら今更雨宿りしたところで意味はないと思ているからなのか。
 いずれにせよ、土砂降りに近い雨の中傘もなく歩く姿は近寄りがたく、声もかけづらかた。
「風邪引きますよ」
 変わた女だと思たのに、目の前を通り過ぎようとしていた彼女に声をかけたのは――うつむいている横顔が泣いていたからだ。
 髪の毛から滴る雫と頬を直接打つ雨で彼女の顔はすかり濡れているが、そこには涙も混ざているに違いない。そういう表情をしていたのだ。
……いいんです」
 ゆくりと顔を上げ、こちらを向く。胡乱な目は赤く、やはり泣いているのだと分かた。
「良くないですよ」
 ずぶ濡れで見ず知らずの女なのに、彼は雨の中に戻てその手を取た。抵抗されるかと思たが、存外女はすんなり手を引かれて軒先に入る。
「これ、使ていいですよ」
 バグの中身は無事だた。ハンカチを差し出すと、彼女は小さな声で「ありがとうございます」と言て受け取る。
……どうして、構たんですか」しかし彼女はハンカチを握り締めたまま、濡れた顔を拭おうとしない。「赤の他人なのに」
「あなたが泣いていたからです。――あ、別に恰好つけたいとか思て、そう言てるわけじないですよ? 泣いてる女性には弱いんです、僕」
 彼のやや慌てた口調に、女性はかすかにではあるが表情を弛めた。
「優しいんですね」
「男はみんな、女性の涙に弱いんです」
……わたしの彼は、そんなことない――いえ、なかたです。泣くのは鬱陶しいて、不機嫌な顔をして言う人でした」
 彼女は握り締めたハンカチを見つめる。さき綻んだはずの表情が、あという間に沈痛なものに戻てしまた。
「でした?」
「ふられました。つい、さき。雨が降り始めたくらいに。わたしがすぐ泣くから、それが嫌になるて言て」
 表情が歪んで見えるのは、悲しいはずなのに無理に笑おうとしているからだた。
「わたし、雨女なんです。彼とどこかへ出かけようとすると雨になることが多くて。どこまで本気で言ていたのか分からないけど、彼はそれも嫌だ――すみません、いきなりこんな話。迷惑ですよね」
……僕は、晴れ男ですよ」
「え?」
「子供の頃から、遠足とか旅行とかは、必ず晴れてました。家族や友達にも良く、お前は晴れ男だなて言われてて。今も、僕は基本内勤なんですけど、たまの外勤で外に出る時は大概晴れてます。今日は、たまたま雨ですけど」


 話はそこまでだた。
「太陽が晴れ男で、この雫の絵が雨女てわけね。それが出会うのが線で示されていて……あとは、どうなるの?」
 ハートマークは、たぶん恋愛を意味するんだろうけれど、月と星は? それに、それぞれを繋ぐ線はどういうストーリーになるのだろう。
「えとね、雨が上がる頃には夜になていて、それまでに二人がいい感じになているわけよ。そんでもて、そこから二人の付き合いが始まりまして、何度も同じ夜を過ごして幾星霜……
「はじめから、それを文章にすればいいんじないの? 絵でプロて、ダイイングメセージより難解でし
「いつもと違うことすればいい練習になると思たんだけどな
「練習になてるの? この小説も書きかけなのに」
「それは言わないで
 そんなことをして許される歳でもあるまいに、友人は両の耳に手を当てて、いやいやというポーズをした。
 プロトは、絵より文章の方がいい。
 そんなことを感じたとある昼下がりであた。
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