第30回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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言祝ぐ逢瀬
みお
投稿時刻 : 2015.12.12 23:59
字数 : 733
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言祝ぐ逢瀬
みお


姉は、いつでも私に優しい。

「たた一年しか違わないくせに」
 頬を膨らませて抗議すれば、姉は白い着物を自慢げに揺らしてほほと笑うのである。
「その一年が大きいのですよ」
 彼女は笑いながらも少し寂しげに、佇んでいる。その背に広がるのは冷たい冬の夜空だ。真暗な闇の中、ざわざわと人の声が聞こえる。ごうんと、鐘の音も聞こえてきた。
 江戸の町は、女も男も火消しも花魁も晦日の夜を楽しんでいる。明日ともなれば万歳の踊りが町のあちこちで見られるのだろう。皆、訪れる正月を楽しみにしている。
 楽しみにしていないのは、きと、この江戸の中でも私だけ。
「ああ、もう時間が……
 姉ははたと気付いたように顔を上げる。夜空は、もう暮れの色をしていた。
 煩悩を消す鐘の音が響くのに、私の中の煩悩は消えそうもない。姉の手を取りたい。その優しい手に、可愛い妹よと撫でられたい。
 私は途端に切なくなて、彼女のその白い袖に取りすがる。
……姉様なのに、落ち着いて話ができるのは一年に一回こきり」
「仕方の無い話です」
 ばたばたと足を動かす私の膝を、彼女の手がそうと押さえる。
「あなたも落ち着かねばなりません。今年はあなたの年なのですから」
 姉の姿がとろりと溶けて行く。まるで鐘の音に消されるように、提灯の火が消えるように。
「さあ、皆に幸福を」
 最後は声だけとなる。まるで炎の消し炭のように、未と描かれた煙が宙に舞て消えた。
 その瞬間は、何十回経験しても悲しいものだ。
「十二年後に会いましう」
 姉の声は蕩けて消えて、私は一人残される。
 私は静かに息を吸い込んだ。
 冷たい空気が喉の奥に落とされて、体の奥からしんしん冷える。
 大きく広げた着物の袖には、染め抜かれた紅色の申の文字。

 さあ、今年は私の守り年。大いなる幸福と喜びを。
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