クリスマス前にやってきた小説大賞
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投稿時刻 : 2015.12.23 01:10 最終更新 : 2015.12.23 01:42
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- 2015/12/23 01:42:29
- 2015/12/23 01:10:23
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伝説の企画屋しゃん


 大沢愛は、視える女だた。
 今日も隣のベランダでは、人ならぬ者たちが口論を繰り広げている。
 ただ珍しいのは、どちらも悪しき霊ではないという点だ。
 片方は子供の背丈ほどもありそうな、大きめの置き物。
 沖縄の守り神、シーサーだ。
 もう一方は、だらりと垂れ下がた赤い帽子をかぶり、ぱんぱんに膨らんだ袋を背負い込んだ老人。
 つまりサンタクロースである。
 年の瀬も近いというのに、愛は部屋の窓を開け、冷たい風を浴びながら瞑想に耽ていた。
 数か月前に勤務していた企画事務所が休眠状態に入り、今は仕事をしていない。
 が、悩んでいるのは職探しに関することではない。
 愛は大金を手にするチンスを得ていた。
 決してきれいな金ではないが、元同僚はその金を元手にボランテア専門の企画事務所を作らないかという。
 逡巡したまま、世間は聖夜を迎えていた。
 発想は悪くない。
 けれども、どこかしくりこない。
 それが金の出所のせいなのか、あるいは別に理由があるのか。
 目をつむて心を無にしても、払いきれないものがある。

「あー。首都高でルートして、桜田門おちてくるかー。こちとら20万キロだ。年季がちがうんじ、ぼけ」
 愛車のキーを手に立ち上がろうすると、窓の外の口論が決着していないことに愛は気が付いた。
 隣家はちうど失業した頃に、沖縄から引越してきた。
 小学生の女の子がいる三人家族だたが、その子供の素行がどうもよろしくない。
 すいちん、暖日ちんと遊ばないの。
 平日も家にいるおかげで、聞こえなくてもいい声が聞こえてしまう。
 シーサーが苛立ているのも、そのことと無縁ではないのだろう。
 よりによて、サンタクロースを悪霊扱いしているようだた。
 これ以上邪気でこの家の者を悩ませるわけにはいかないのだ。
 シーサーは、ひたすらそう言い張ていた。
「沖縄を出てからこち、この家の者には悪しき気が取り巻いている。お主のように不埒な者は、早々に立ち去るがいい」
 一歩も引かないシーサーに、サンタクロースは困惑していた。
 髭に覆われた顔は表情こそうかがえないものの、愛は察していた。
 これはサンタクロースにとて、きわめて稀なアクシデントだ。
 魔除けの置き物は数あれど、シーサーのように魂を持つ本物の守り神は数少ない。
「南の国から来た守護神よ。そこをどうか曲げて、このプレゼントを届けさせてはくれないか」
 全身の毛を逆立たせ、ならぬとシーサーは突ぱねた。
 袋の中のプレゼントが物語のキーになるはずだたが、それが何なのか作者はすかり忘れていた。
 すべては残業が悪いのだ。
 満員電車のせいなのだ。
 書いているうちに思い出すことに期待したが、期待は裏切られるためにある。
 これは、きとどうしようもないことなのだ。

 それはそうと、二人の諍いを傍観しているうちに、ある種の不安が愛の中に芽生えはじめていた。
 陶器製のシーサーの身体には、少しずつひび割れが目立ちつつあたのだ。
 新参者は、邪気に狙われやすい。
 シーサーは極限近くまで傷ついていたが、彼を守る者は存在しない。
 守り神とは常に孤独を受け入れるのがさだめなのだ。
「ちきしう、桜田門の連中より骨があるじねえか」
 拳を握り締めると、車のキーがぽきりと折れた。
 色即是空、形あるものはいつかは壊れる。
 だが、壊れた後に弔う者が彼にはいない。
 これだ。
 愛は不意にそう思た。
 常人には視えないものに安息を与えること。
 自分と同じ人間を集め、組織化すること。
 人間のほうがずとマシだ、と愛は思う。
 
「この家の子供に渡すものは、残念ながら思い出せぬ」
 切々と訴えるサンタクロースに、シーサーは牙をむいていた。
「だが、大事なものなのだ。これがこの家の子供に希望を宿すのだ」
 聞けばサンタクロースは、かつて悪事を働いた子供への戒めとしてプレゼントを渡さなかた。
 その瞬間、その心にはかすかな闇が生まれ、故にシーサーは聖なる者と認めていなかたのだ。
「希望……
「そう、希望だ。約束しよう。この贈り物が、この家の子供になんらかの変化をもたらすことを」
 守り神としての矜持だろう。
 シーサーはサンタクロースに道を譲た。
 あ、と愛は小さく声を上げた。
 シーサーの身体からぽろぽろと欠片がこぼれ落ち、そして音もなく崩壊した。
「馬鹿野郎。サンタを邪神扱いしやがたから、砂になちまたじないか」
 サンタクロースを通すことは、守護神として大きな失態だ。
 今頃、窓辺のベドには名のない贈り物がそと置かれているのだろう。
 シーサーの命と引き換えに。
「私は誓う。お前のような者たちがさまよわずに済む。そんな日を必ず作てみせる」
 気づけば、路上には背の高い男の人影が立ていた。
 一連の出来事を見続けていたかのようでもある。
 街頭に照らされた男の腕は、黒々とした痣に覆われている風にも見えた。
 これが愛と黒腕との最初の出会いである。
 この日から世界を股にかけた新たな日々がはじまるとは、愛は思いもしなかた。
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