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お題リレー小説
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命運
茶屋
 投稿時刻 : 2016.03.02 22:27
 字数 : 634
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命運
茶屋


 ある夏の暑い日、黒衣の男が目の前に現れた。
「これはキミの命のチケトだ。キミが命の危機にさらされた時、このチケトを使えば君の命は救われるだろう」
 そして男は街路樹の影の中に消えたのだ。
 あまりに唐突なことに私は茫然として男が消えるのをただ見ているしかなかた。
 手に残たのは男が渡したチケト。
 10回分、と考えていいのだろうか。まるでバスの回数券のように、ミシン目の切り込みが入れてある。
 10回分、私は命の危機を免れることができるのか?
 馬鹿々々しい、薄気味悪い冗談だ。
 だが、捨てるか、と問われると躊躇する。信じていないが、信じていないのだが、心のどこかで疑いきれない。
 臆病なのだ。
 黒衣の男がこのチケトに毒を塗り込んでいる可能性を信じるより、本当に命のチケトである可能性を否定しきれない程度には。
 だから私は、このチケトを捨てることはできなかた。

 あの日からだいぶ時が流れた。
 一度目の命の危機は……なかた。
 だから当然二度目もない。
 命の危機は訪れなかた。訪れているとしたら、多分今だろう。
 今日は、ある夏の暑い日だ。
 私は子供や孫に囲まれ、臨終のときを迎えようとしている。
 だいぶ長く生きた。大往生と言てもいいだろう。これ以上長く生きていたという感情はあまりない。
 結局、使わなかた。
 私はチケトを入れた巾着袋の感触を楽しむ。
 どこか、ざまみろ、とでもいうような優越感を覚えながら、私は永劫の夢の中へまどろんでいく。

 


 
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