すべてを君に託す
目が覚めると、いつものように枕元に『彼』からの手紙が置いてあ
った。
いつもと少し違ったのは、何やら小さな包みが一緒に置いてあったこと。
嫌な予感がしつつも、僕は手紙を開く。
見慣れた字で書いてあった内容は――。
まず、荷物を運ぶ仕事を引き受けたこと。
この荷物を領主がいる町まで運ばなければならないこと。
敵が追ってきているので、急いで宿を出発した方がいいという忠告。
そして、「すまん」と短い謝罪の言葉。
「またかよっ!」
僕は思わず叫んでいた。
『彼』に仕事の続きを押しつけられたのはこれが初めてではない。
「どうせ何かヘマをして間に合わなかったんだろうが!」
しかも道を間違えたとか、買い物をしていたら乗合馬車に間に合わなかったとか、そういうしょうもないことが原因なのだ、きっと。
思わず無視してベッドにもぐり込んでやろうかとも思ったが、手紙の中にあった忠告を思い出す。敵に追われているのだ、今回は。いい加減な奴だが、『彼』の忠告に間違いがあったことはない。
懐中時計で時間を確認する。
あと一日。明日のこの時間までに荷物を届けるか、もしくは敵から逃げ切らなくてはならない。
部屋のあちこちに散らばった荷物を急いでかき集めて身支度をすると、僕は宿屋を出た。
途中までは順調だった。わざと遠回りする道を進んだり、旅の一座の馬車に乗せてもらったりしながら目立たないように目的の町を目指す。僕には『彼』と違って特別な力などない。だから普通の人々に紛れて移動するしかない。
けれど、一日近く動き回っていると疲れも溜まるし集中力も切れる。途中の馬車の中で仮眠を少しとったけれど眠気も出てくる。
(もう少し、あと少し逃げ切れば……)
敵に見つかったのは、そう思っていた矢先だった。
僕を指さして追いかけてくる兵士の一団に、鈍い僕でもあれが『彼』の手紙に書いてあった敵だということはわかった。
(というか、何で兵士に追われているんだよ!)
敵がどんな奴かぐらい書いておけよと心の中で文句を言いながら、僕は街道を外れて山の中に入った。
山の木々に遮られて兵士たちが僕の姿を見失ってくれることを期待したけど、上手くいかなかったどころか、道に迷った僕は崖っぷちに追い詰められる。
「これで終わりだな」
兵士たちの言葉に、「そうですね」と僕は笑った。兵士たちは不思議そうな顔で僕を見る。追い詰められて頭がおかしくなったと思われたのかもしれないけど、違う。
僕はただ、今の状況に満足していた。
僕は逃げ切った。
この時間まで。
昨日、僕が目覚めた時間まで逃げ切ったのだ。
僕は生きている。荷物も持っている。
『彼』にとっては、これで十分なはず。
――後は、君にすべて任せるよ。
――ああ、いいぜ。
目を覚ました俺はさっと周囲を見回した。
相手は五人。いずれも鎧を身につけ剣を構えているが、手強い相手ではない。
手の中には荷物がある。自分の体に大きなケガもない。
(よくやったな。これで十分だ)
心の中で俺は、今までいたはずの『彼』の感謝した。
ある時から、俺は一日ごとに意識を失うようになった。丸一日起きては丸一日眠り込む。
だが、そう思っていたのは俺だけだった。
まわりのヤツらに聞いてみると、俺が丸一日眠っていたと思っていた間、俺はちゃんと起きているが別人のようになるという話だった。
どうやら一日交替で現れる『彼』を最初は疎ましく思ったが、今では頼りになる相棒だ。今回もちゃんと逃げ切ってくれた。
「さて、ここからは俺の出番だな」
俺はニヤリと笑って剣を抜いた。