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第33回 てきすとぽい杯
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雨宿りの娘
みお
 投稿時刻 : 2016.06.18 23:26
 字数 : 1527
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雨宿りの娘
みお


 今年の梅雨は、やけに長く降り続く。
 娘は不機嫌な顔を隠しもせず、男を見る。
「酷い雨ね。豪雨からの雷雨、狐の嫁入り」
 男は藍色の着物を纏い、紫陽花の花などをいけていた。
 顔にはふざけたようなヒトコの面。しかし背筋は美しく、指先なども整ている。素顔はさぞ美しいのだろう、と娘は想た。しかし思うだけだ。口にはしない。
 なぜなら。
「雨宿りのつもりが、もう三年」
 もう三年も、このヒトコの面と向かい合ているからである。

「いつまで私をここに閉じ込めるつもり?」
「それはね、君をここに送り込んだ酷い男達が、雨に飽きるまでですよ」
 仮面のせいで表情は見えない。しかし、男はきと、笑ている。それを感じるたびに、娘はぞとするのだ。それと同時に、喜びが背筋を振るわせるのだ。
「そうね。あの男達も、もう雨には飽きてるんじないかしら」
 娘は美しい着物の裾を、きと握る。それは美しい青色に染め抜いた着物である。
 周囲を見れば、そこにみえるのは塵一つ落ちていない綺麗な部屋だ。汚れ一つない、障子だ、襖だ。その向こうに見えるのは雨が降りなずむ庭だ。
 むと湿度が高いくせにこの部屋ばかりは心地良いくらいに涼しい。庭にふる滴は、緑を弾いて美しい。

 彼女がこの男の元に運ばれたのは三年前のこと。
 三年前、彼女の暮らす村ではひどい飢饉があた。
 雨がふらないのだ。一滴も、水さえふらないのだ。このままでは作物は枯れ果て、大地は割れて人が死ぬ。 
 村の男達は、娘に言た。
「雨の神の住まう滝の裏へ、雨宿りにいてくれ」 
 それは村に古くから伝わる忌まわしき隠語であた。村一番美しい娘が雨も無いのに傘を差し、雨に似た水色の着物をまとて滝を越える。その奥に住まうといわれる雨の神に、その身を捧げる。
 すると、雨が降る。
 作物が実る。村人は生き延びる。そして娘は帰てこない。
 男達は娘に、そんな役を押しつけた。
「飽きてるでしうねえ。なんといてももう、三年も雨が降り続いているのですから」
 男は穏やかにそういて、庭を眺めた。彼は穏やかで優しい。
 滝の裏で出会た時から、そうである。
 雨宿りへ出されたとき、冷たい滝の裏で娘は恐怖と絶望に震えて泣いていた。そんな娘に手を差し伸べ、心地良いこの部屋に運んだのがこの男だた。
 彼は、雨の神であると名乗た。
 そして娘に、歴代の「雨宿りの娘」の墓を見せた。それはいまでも庭にある。「みな、老衰まで生きました。哀れな私の妻達です」と、男は切なそうにそう言た。
 その申告の通り、墓は皆綺麗に整えられて、雨に打たれて尚うつくしかた。添えられた紫陽花の花に男の優しさを見た。
 娘は墓を眺め、男を見つめ、鋭く眉を尖らせる。
「さて私はいつまでここにいればいいのかしら」
「遣らずの雨が三日降る」
 男の手の中で紫陽花がはらりと散る。それはまるで雨のように、床に散る。青い、透き通るような花弁である。
……どういう意味?」
「好きな人を返すのが嫌で、いつまでも降り続く雨のことをそういいます」
 男は優しくそういて、紫陽花の花で娘の頬を撫でる。娘の中に恐怖と、あきらめと、そして恋慕の情が浮かんだ。
 ずとそうだ。この三年の間、娘はこの恐ろしい雨の神に恋をしている。
「あなたは戻らない方がいいのです」
 雨の神は呟いて、娘を優しく抱きしめた。
「あなたの村は」
 くぐもて聞こえた神の声。
……もう、とくに」
 雨の底です。
 それは優しくも残酷な響きだた。男は憐れむように娘をみる。それは男達への憐れみではなく、娘に対する憐れみであろう。
 娘は震えた背を悟られないように男の体にしかとしがみつく。
「そう。それなら、もう少し雨宿りをしていくわ」
「いつまでも、どうぞ」
 二人の背後で、紫陽花の花がはらりと散た。
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