第33回 てきすとぽい杯
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先生という職業 - teacher is the novelist
投稿時刻 : 2016.06.18 23:37
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先生という職業 - teacher is the novelist
犬子蓮木


「こちらが教室です。今は語彙の学習を進めているところですね」
 教室の中ではまだ小さい子どもたちが真剣だたり、つまらなさそうな顔で授業を受けていた。教卓に立つ先生が生徒に問いかける。
「雨という字を使た熟語を言えるだけ答えてください」
 あてられた生徒がとまどいながらも言う。
「春雨と雷雨と……それだけです」
 ちと少ない。見学している子供とその両親もちと心配そうに見ていた。
「あの子は語彙力はまだこれからですね。ですが驚きのあるストーリーを組み立てる力を認められて入学した子です」
 別の生徒があてられて答える。
「翠雨、半夏雨、時雨、凍雨、驟雨……
 いくらでも言えそうだたが教師によるストプがかかた。
「あの子はこのクラスで一番、語彙力のある子です。無数の言葉を使て素晴らしい詩を書きますが、物語を作る力が追いついていないため、このBクラスに在籍しています」
 私は子供に微笑んだ。どこか不安な様子がある。それも当然だろう。この歳で将来を決めるようなことにもつながるのだから。
「雨という字がつく熟語を他にも思いつくかな?」
 いきなり話をふられた子供はびくとして、それから小さな声、けれどすらすらと言た。
「長雨、怪雨、秋雨、白雨……
 この子もすごい、さすがスカウトされて来ただけのことはある。
「ありがとう」顔をあげて両親に向き合う。「これだけ優れていればすぐにでもこちらのBクラスにはあがることができるでしう。行きましうか」
 廊下を進み、一通り学校の案内をしたところで応接室へ。座てもらい、お茶とオレンジジスを出す。
「いかがでしうか。NNSの環境は国内でもトプクラスであると自負しております。古今東西の膨大な小説、資料を集めたライブラリー。習熟度に応じたクラス編成、授業の内容も世界の科学的な方法を元にしており、旧時代の起承転結のような感覚的なものは行ていません。それでいて、個人個人のケアについても先進のマネーやメンタルドクターがそれぞれの適正にあた方法で進めるようになています」
「こちらの学校に通えば、本当にプロの小説家として活躍できるのでしうか」母親が言た。
 その疑問は当然だろう。まだ七歳という幼子を全寮制の学校にあずけて、専門の教育を受けさせようというのだから。
「保証はできません」私は言た。「しかし、現在、活躍している作家の六割が小説家としての専門教育を幼少時から受けているということはデータ上確かです。さらに、この割合は今後さらに増えていくでしう。他の特別な職業を見ていただければわかりますが、たとえば多くのスポーツでは幼少期に特別な才能のある子どもを集めて、特別な環境で育てることで一流の選手が産み出されてきました。たとえば将棋では本当に才能のある子供だけが通う場所でプロになるための試験が年齢制限付きで行われています。そういた施設の子どもたちが皆、素晴らしい一流のプレイヤーになるわけではありません。しかし、一流のプレイヤーの多くは皆、そういた場所から産み出されているのです。遅すぎました!」
 そう、これがなぜ小説というジンルではここまで遅れてしまたのか。答えはわからない。
「小説家は言葉の職業です。また感受性、イマジネーンなども必要な職業だと言えるでしう。ならばそういた能力が一番、育つ幼児期からの教育が必要だというのも理解して頂けるかと思います。日本ではまだ古い感覚の者が多く、こういた学校は受け入れられているとは言えませんが、海外ではこれら若いうちの訓練が必要との研究から九割の創作家がこれらの学校の卒業生だと言われています。活躍できることは保証できません。NNSの生徒は皆ライバルです。しかし作家として活躍したいのならばNNSは一番の王道と言えるでしう」
 ちと強く言い過ぎただろうか。少し落ち着こう。
「もちろんこの段階で将来を決めてしまうという不安はわかります。繰り返しますが活躍できる保証がないことは確かです。そういた点からもNNSでは考えたカリキラムを用意しています。そもそも素晴らしい小説を書くためにはさまざまなことを知り、経験する必要があります。そのため、基本的な文学以外の授業も当然ありますし、生徒の興味に応じて歴史や科学などを深く学んでいくことになります。学ぼうと思えば大学レベルの理系要素を学ぶこともでき、そういたものを活かしてSF小説を書くものもいます。そのような多くの授業は別の職業を選ぶ上でも損ではないでしう。その他に、卒業生は国語の教員資格を得ることができます。そのため残念ながら小説家になるという道をあきらめて、卒業後は教鞭をとる道に進む生徒もいます。私もここの卒業生です」
 そういうと、両親の目つきがかわた。
「一時期は作家として活動していて、引退後にこちらに戻てきました」
「失礼ですが、お若いように……
「今年で三十歳です。小説家とはすべて頭脳の世界です。若さが必須と言えるでしう。人間の頭脳は歳をとるとともに衰えていきます。これは科学的な事実です。スポーツで肉体の衰え引退するのは普通であるのに、作家がそうならない理由があるのでしうか。昔は歳をとた作家もいましたが、今ではそういた一時の輝きだけの地位と名誉で居残る作家はいなくなりました。脳細胞が輝ける時間は短いのです。だからこそ、幼い時からの教育が大切になります。そうすると当然、将来が心配ということにはなりますが、一流の作家になれば、卒業からの数年で生きていくまでの蓄えを得ることは充分に可能です。浪費しすぎてしまわないように、独自の年金システムも用意されています。昔は名前で売れるベテラン作家が若手のための資金を出す時代でした。しかし今は違います。若手の一流どころが稼いだ資金によて、作家の余生やまだ小説を書くこともできない程のそれでも未来の期待がもてる子どもを育てているのです。私自身、引退はしていますが、生活ができないほどは困窮していません。ここで働いているのはもちろんお金のこともありはしますが、自分がお世話になた恩返しをしたいからということが大きいです」
 子どものほうをみる。少し飽きてしまたように見える。
「どうかな。ここで一緒に小説の勉強をしてみない? 大変なこともあるけどたのしいよ」
「わかんない」
 そんな風に言われてしまた。

 見学の案内を終えて、返答は一時保留ということで彼らは帰ていた。なかなか伝えるのは難しい。それはこの学校で学んだ初歩的なことでもある。そう、いろいろなことを教えてもらた。その成果を出して活躍できたときは楽しかたけれど、私の能力ではもう若く力のある新人たちにはついていけなくなて引退した。
 小説家の学校ができて、そもそも技術力が一気に向上したのだ。
 かなしくはある。
 自分が書いたものでもと世界を驚かせたかた。
 それでも教えた生徒が活躍してくれるのは嬉しいし、教える側になたことで学べることや楽しいこともたくさんある。
 帰たら小説の続きを書こう。
 世界を驚かせることはできなくても。
 じぶんだけでも驚かせるようなものをめざして。                  <了>
 
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