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第33回 てきすとぽい杯
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雨上がりの少女
 投稿時刻 : 2016.06.18 23:43 最終更新 : 2016.06.18 23:44
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更新履歴
- 2016.06.18 23:44:00
- 2016.06.18 23:43:32
雨上がりの少女
永坂暖日


 近頃下層では、雨靴を履いて上着代わりに雨合羽を着込み、雨傘をさすの流行りらしい。雨具にはきちんと防水加工が施され、様々なデザインのものが店に並んでいるんだとか。
 雨が降ることなどないのに。
 地上に降る本物の雨がどんなものか知らず、過去の記録情報としての雨しか知らない下層の人間たちがいかにも好みそうな、懐古趣味的流行だた。
 天井には常に青空が映し出され、人工太陽の光が降り注ぐ世界しか知らない彼らにとては、気晴らしのようなものなのかもしれない。地下世界は広いが閉ざされた空間であり、普通に暮らしていれば地上に近づくことさえないまま一生を終えるのだから。
 人類が地下世界に引きこもてから数百年。地上に戻れる日を夢見ながら、人々は生きている。
 ただ、地上に最も近い最上層で暮らし、時には地上に赴くことのある雨宮にとて、雨は厄介なものでしかなかた。
 地上には未だ強い酸性雨が降り注ぎ、大地を浸食している。雨天時は、耐酸性の防護服を来ていなければ肌を侵される。雨天でなくても、もとより防護服と防毒マスクなしでは人は生きていけない世界だ。
 地下深くにある、大部分の人間が暮らす下層では、地上から取り込んだ大気と雨水を浄化して利用している。地表にあるその取り込み口のメンテナンスをするのが、雨宮の仕事だた。
 有毒な大気と強酸性の雨にさらされているため、こまめに手入れしなければあという間に劣化が進んでしまう。防護服と防毒マスクを身につけた状態ではただでさえ活動がしづらいのに、雨が降れば視界まで悪くなるので、雨宮は雨が嫌いだた。
 下層で暮らす知人にそんな話をすると、でも地上に出られるなんてうらやましいよ、などと言われる。だが、少しも肌をさらすことのできない地上世界が、未だに人々の憧れの対象となているのが雨宮には理解できなかた。
 地表はもはや人の暮らせる場所ではない。人類は地下深くですでに世代を重ねている。そこで生きる術を確立している。死んでしまた地上に戻る理由などあるのか。地下世界を今でも拡張し続けているのに。
 雨の降らない、晴れた日は美しいかもしれない。だが、防毒マスクなしでは呼吸できず、強力な紫外線が降り注いでいるので防護服も欠かせない。
 人にとて過酷な環境でも、そこに適応して生きる動植物たちはいる。防護服なしではそこで生きていけない人類は、地表にとてはもはや異物なのではないか。伸び伸びと駆け回る動物を見ていると、そう思うことがあた。ただ、浄化した大気がなければ生きていけない地下世界も、自然とはかけ離れた姿だろう。
 多くの人々が、その無理矢理な世界になにがしかの疑問を抱えているからこそ、遙か昔のように、マスクも防護服もなしに呼吸できる世界を夢見るのかもしれなかた。
 取水口の縁が酸性雨で腐食しているのを見つけると、そんな世界が訪れるはずもない、と現実に引き戻されるのだが。
 昨日まで数日雨が降り続けたが、今日はよく晴れている。今のうちに新しい部品と取り替えてしまおう。地上に出て天候を確認した雨宮は、必要なものを取りに一度地下に戻た。
 再び地上に出た彼は、防護服も防毒マスクも付けずに、取水口をのぞきこむ少女を見つけた。
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