我ながらホレボレする文体を自慢する大賞
 1  7  8 «〔 作品9 〕» 10  12 
特にタイトルとか決まっていない何かの冒頭部分
投稿時刻 : 2013.05.05 22:45 最終更新 : 2013.05.05 22:55
字数 : 1600
5
投票しない
更新履歴
- 2013/05/05 22:55:17
- 2013/05/05 22:53:54
- 2013/05/05 22:45:02
特にタイトルとか決まっていない何かの冒頭部分
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.


 春になる頃、タラは漁に出る。7つになるからだ。
 生まれ育たこの島では、7つになると父を助けるのがならわしだた。タラの父は漁に出る。明け方になると支度をととのえ、邑の男らと船に乗り、漕ぎだして、日が高くなる頃には魚を手にして帰てくる。タラが生まれた時にはもうそんな日々を送ていた。タラは長子であた。7つになれば父から漁を教わり、二人で船に乗る。弟たちも船に乗るようになた頃には、タラは誰よりも魚を取る邑で一番の漁師となていて、やがて邑長の娘と結ばれ、子をなし、その子が7つになれば、タラがその子に漁を教える。それはまるで、太陽というものが朝になれば海から昇り、もとも高くなたのちにまた落ちてきて、やがて夜が来る頃には海に沈んでしまうように、ただただ決まりきたことなのであた。
 タラの父は今日も遠くまで漕いでいてしまた。よく晴れた海の上は遠くまで見通せるが、それでも父の船は見つけられない。タラは海を見つめる。波はゆたりと浜辺に乗り上げたかと思えば、あという間に引いていき、かと思えばまたすぐに迫てきた。砂の上で白く細かい泡を幾重にも広げ、浜を冷たく湿らせていく。よく晴れた日の水は、光をするどく跳ね返す。広い海一面が青になる。空の色を映している。晴れていない日は、波は激しく荒れ、くすんだ、闇の手前のような、澱んだ色をする。そんな日の漁は危険だと父は言う。波が高くなり視界が悪くなるのだ。海は厳しいのだ、心せよと父は言う。だがタラは、そう諭されてもなお、海に漕ぎだせる日をひとつも曇りのない心で、待ていた。櫂を握り締め、果てしない海の先へ突き進み、銛を塩水に勢いよく振り下ろす。それを胸の中で思い描くたび、心は躍た。
 冬の風は西から吹いてきた。海の面をなでて島にたどり着いた風がタラのむき出しになた肌にあたる。その時、タラは身体が震えるのを止められなかた。腕で、薄い毛たちが逆立ているのを見て、タラは自分を叱咤する。
――なんで、陸にいるくせに、これしきで。お父は今、海ん上にいるんだかんな。
 タラは目を閉じた。冷える静かな風の中、波の音は絶えず鳴り響いていた。寒さを感じるたび、自ずと体に力が入る。気付けば足の指先が砂を掴んでいた。細かい粒が指と指の間をゆくりとすり抜けていく。瞑たままの瞼にも力が入た。気を静めようとすると、波の音が迫てくる。わずかな水しぶきが足にかかる気配がした。
 そうだ、ここは、海。
 タラは夢想する。船の上、荒れ狂う波を交わし、父だけが知る穴場に到達する。水の力に押される重い櫂を、必死に動かす。船は揺れる。銛を手にする。青と白と鉛の混じた海の面を覗き込む。獲物がいる。ああ、あれは大物だ! 矢じりをそれにめがけて突き立てる。魚は逃れようと懸命に暴れる。だがタラは決してそれを許しはしない。
――たぞ!
 想像の船上で大きな魚を引き上げたそのとき、足もとが冷たい水に浸された。凍りつくような寒気にタラは思わず目を開ける。ひとつ、大きな波が迫てきて、タラが立ている場所を侵していた。波はあという間に一度ひき、砂ごと海へ連れ去ていく。ずぶぬれになた浜辺が心もとない踏み心地に感じられた。
 タラは浜の上にいた。ほんの一時の旅から戻てきたタラは、なんだか気の抜ける気持ちで、海を、浜を、眺めた。その時、数歩先の、波が引いたばかりの砂の上、何か太陽の光を受けて強く光るものを見つけた。蟹や魚でないことは、それらに見慣れたタラにはすぐにわかた。
「なんで、ありあ」
 思わずそう呟くと、タラはそちらへ歩き出した。波がまた迫てくる。それにさらわれそうになた、光る不思議なものを、タラはすばやく拾た。誤て一緒に掴んでしまたずぶぬれの砂と一緒に手のひらに収またそれを、まじまじと眺める。それは、銛の先端についていそうな小さな金物の塊であた。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない