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積年の笑い
(
白取よしひと
)
投稿時刻 : 2016.08.15 01:51
最終更新 : 2016.08.18 17:27
字数 : 1489
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2016/08/18 17:27:05
-
2016/08/15 01:51:45
積年の笑い
白取よしひと
□咲子
何代も商いを続けてるとね。それは恐ろしい話も塵の様に積もりますわ。
ほほほ。ご興味がおありですか?それではこの大暖簾を潜
っ
てごらんなさい。
あれもこれも想いを吸い尽くした曰く付きのものばかりよ。
「ま
ぁ
。あんたこの世のもんじ
ゃ
ないね」
うちは醤油屋。冷やかしならど
っ
かに散りな。
江戸時代からの老舗に嫁いだのは良いけれど、当主のお父様が亡くな
っ
てから夫はここに寄りつかなくな
っ
て遊興三昧。離婚のあげく私の手元に残
っ
たのはここだけ。自分は郊外の工場を押さえて社長に納ま
っ
てるんだから割に合わないわよね
ぇ
。
あら。お客さんだわ。
「いら
っ
し
ゃ
いませ」
暗いから足元に気をつけて下さいね。商品はそちらの棚にございますよ。醤油もおすすめですが、そこの。はい。鰻のタレなんぞ如何でし
ょ
う。何しろこれは「特別」。幕末の頃からの注ぎ足しですからね。お店は言えませんが老舗の鰻屋さんでもお使い頂いておりますのよ。おほほ。
「どうかなさいましたか?」
もしかして鍵本さん!どうして言
っ
てくれなか
っ
たの。何年振りかしらね
ぇ
。大学を卒業して以来ね。
いやだわ。もうおばち
ゃ
んよ。
「あ。この髪ね
ぇ
」
学生の頃は随分伸ばしてわよね。でもここへ嫁いだその日にバサリよ。どうしてか
っ
て?お聞きになりたいなら、怖がらない
っ
て約束してくれます?
「それじ
ゃ
ここの話を聞かせてあげるわ」
この菊屋はね。お江戸の時代は金貸しだ
っ
たのよ。それはそれは羽振りが良か
っ
たらしいわ。
「そこに飾
っ
てる大きな算盤あるでし
ょ
」
私思うのよ。その珠はじく度に、どれだけの人が泣いたのだろう
っ
て。幕末にな
っ
てね。菊屋は大層城方に工面したらしいわ。ところが残念、官軍が勝
っ
たでし
ょ
。菊屋は幕軍に加担したと見做されて危うか
っ
たらしいのよ。
「それで廃業したのか
っ
て?」
ま
ぁ
お聞きなさいよ。進駐して来た官軍の幹部にあり
っ
たけを賂として送
っ
たらしいわ。だけどそれじ
ゃ
菊屋は倒産よね。丁度その頃用立てをしていた醤油屋から無理強い取り立てをしたのね。悲観した主人はあろう事か、醸造用の樽に飛び込んでお陀仏様よ。その樽まだここにあるのよ。おほほ。それで借金のかたにここを押さえた
っ
て訳。
「髪の話だ
っ
たわね」
金貸しをや
っ
てた頃、博打に熱を入れた男がいてね。男には娘がいたの。どうしようもないから遊女に出す事にな
っ
たのよ。ところが、娘には想いを寄せた人がいたらしくてね。他の男に抱かれる位なら死んだ方がましと堀に身投げしたらしいの。
それからこの菊屋の嫁は祟られたそうよ。自分の髪で首を絞められて何人か死んだらしいわ。それで私もバ
ッ
サリ。全くいい迷惑よね。義母なんか私の髪を切
っ
た途端、嬉々として髪を伸ばし始めるんだから。
「さ
っ
きの樽見てみる?おほほ。そうよね」
あら。鍵本さんどうかなさ
っ
た?あらあら、いきなり逃げ出すなんて。少し脅かし過ぎたかしら。タレのお代も貰
っ
てないのに。でも大丈夫。あれは「特別」な味。き
っ
とまた来てくれるわ。
□鍵本
「ごめんください」
随分と歴史を感じさせるお店ですね。は
ぁ
。これがこちらの醤油ですか。はい。それではこのタレを頂きますか。
「ばれち
ゃ
いましたか。咲子さんお久しぶりです」
それにしても相変わらずお綺麗ですね。昔は髪を伸ばしていましたよね。
いやいや怖がりなんてしませんよ。是非聞かせて下さい。
僕は今時珍しい土間仕立ての店内で咲子の話に聞き入
っ
た。放たれた言葉は、薄気味悪く漂いそして消える。僕は驚愕した。咲子の髪が伸び始めその白い首に絡み付き始めたのだ。甲高い女の笑いが聞こえた。僕は思わず暖簾を跳ね上げ外に飛び出した。あれは恨みを晴らす積年の笑いだ。
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