初! 作者名非公開イベント2016秋
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あなたの善行
投稿時刻 : 2016.10.06 21:14
字数 : 1500
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あなたの善行
白取よしひと


舞台の袖を暗く覆う幕。僕はその陰で出番を待ていた。先行者は客受けが良いのか次第に笑いを獲り勢いに乗ている。

「出番が来る直前にお題を差し上げます。あなたはお客さんにそれをアピールして下さい」
傍らに寄り添う案内人と呼ばれる老紳士は淡々と語る。また歓声が沸き起こた。随分受けがいい。
「-採用-されるかどうかはあなた次第です。健闘を期待します」

会場に響く喝采は急速に収束し劇場は静まりかえた。

 「さて、いよいよあなたの出番です。お題はあなたの善行です」
案内人は右手を差しだし僕を舞台に導いた。お題がまとまらない。僕の善行?それで受けを獲れなんて無茶だ!
 幕を捲りステージに上がると中央にスポトがあてられ、そこが立ち位置である事を教えてくれる。客席に何か蠢く気配は感じるものの暗がりになていてその姿はステージからは見えない。

-善行。僕の善行。
客が咳払いでお題消化を促す。僕は見切りで話し始めた。

「え、あれは通勤途中の朝でした。歩道橋の階段で先を見上げますと杖をついたお婆さんが上ていまして、辛そうだなと気になりました。すると僕を勢いよく追い越した学生達がそのお婆さんの杖を蹴飛ばしたんです。」
会場はしんとしている。客の白々とした顔が見える様だ。
「お婆さんは階段で転び足を挫いたのです。ところが学生達はそれに構わず逃げました。酷いと思いませんか?」

鼓動が高鳴る。心臓が裂けてしまう!

「それで僕はお婆さんを背負て病院に連れて行たんですけど、会社には遅刻するし大事な会議にも遅れて上司から大目玉です」
劇場は残酷なほど静まり返ている。

「こんな事もありました!中学の頃、隣の子が虐めにあていました。僕は可哀想になて彼を庇たら卒業まで僕も虐められる羽目になりました。でも彼とは今でも大の親友です」
反応が全くない。誰か、誰かが欠伸をしている!

「ぼ、僕は。あ、小学生の時です。道で100円を拾いました。それを交番に届けたんです。だけどポケトに手を入れてあた筈の100円がない。僕は落とした自分の100円を届けてしまたんです。ははは」

-こんなんじ

「小さい頃」

-駄目なんだ。

「毎日母さんの」

-もと!話をしないと。

「肩をたたいていました」

-嘘でも。

 「親友の。はいさき話した親友です。彼が初めて好きになた子はとても綺麗な子でした。
実は僕もその子を好きになていたのです。でも彼は中学以来の大事な友達。僕は涙を飲んで彼女を諦めました。僕の人生はそんなもんです。それ以来とんと彼女が出来る兆しすら見えやしない」
-嘘だ。友達が好きなのを知ていて僕は先に彼女に手を出した。友達はその傷が未だ癒えていない。

ふふふと笑い声が聞こえる。パンパンと手を打つ者もいた。

「大事なプレゼンが迫ているのに同僚は企画をまとめられなくて悩んでいました。今にも自殺しそうな顔をしていたので僕の企画を彼に譲りました。プレゼンは大成功!僕は万年平社員です」
-僕は企画を盗んで成功した。親しい僕に企画を盗まれて彼は失意の中、会社を辞めていた。この世は要領がいい者が生き残るのさ。

明らかな笑いが起きた。笑いが笑いを促す、もと嘘をつけと。

僕は調子に乗て嘘を連発した。客受けも良い。すると突然客席はこれまでの笑いが嘘の様に静まりかえた。

 僕の体が宙に浮く。いや落ちているのに風を全く感じない。僕は不採用で奈落の底に落とされたのだ。見上げると丸いスポトライトの光が遠のいていく。微かに笑い声が聞こえた。あれは嘲りの笑いだたのか。

 「いよいよ出番よ。お題はあんたの悪行。せいぜい頑張るのね」
異様に痩せた女は俺に舞台へ出ろと言た。
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