「夏休み一直線」
じりじりと陽の光が道路を焼いている。汗を流しながら二人の高校生が歩いていた。鞄には何も入
っていない。全てを学校に置いて、余白を詰め込んだ。その余白に夏休みの思い出を詰め込んで学校に帰るつもりでいた。
「あっちぃ」
「あっちぃな」
「駄菓子屋でラムネ買わねえか」
「しりとりで俺に勝てたら」
タカシが「しりとりの、り、から」というと、しりとりには既に興味を失ったようで、汗を袖で拭いながら田んぼ道をにらみ始めた。陽炎がたっていて、辺りからは虫の鳴く声が聞こえる。
「り? り、か……り……」
「あの駄菓子屋いっつもラムネぬるいんだよな」
「リンゴ飴」
「メカリンゴ飴」
「……珍しいリンゴ飴」
「めでたいリンゴ飴」
「メガネ付きリンゴ飴」
「綿棒機能付きリンゴ飴」
「メガトン級リンゴ飴」
時速3キロメートルのしりとりは、田んぼ道が途切れ、町中に入っても続いた。実にくだらない時間を過ごしている。
いつまで経っても夏が終わらない。冬では「いつまで経っても雪が溶けない」とぼやいていたはずなのだが、そんなことは若い二人には些細なことだ。今の時期から次の時期になったとき、すでに「その次の季節」を思い描いている。二人には未来があるからだ。
結局、ラムネはタカシがおごることになった。二本分の代金を支払い、一本をユウジに手渡す。いつもの温度であるラムネは、どこか優しさを感じることができる。
「やっぱぬるい」
「あのババアはワカってねーからな。冷やしとけよラムネくらい」
「聞こえてるよッ、今度は温めとくからね!」
「っせーな、もう十分温まってるっつーの!」
けけけけ、と駄菓子屋の主人が笑う。つられてタカシたちも笑った。ここまでがいつもの光景である。主人が笑った後、けほけほとせき込んだ主人のことを、なぜか愛おしく思ってしまう。この幸せが、いつまでも続けばいいと、二人は思った。
ラムネを飲み終え、主人に礼を言う。笑って別れたあとは、また歩かなければならない。泥臭い話題が二人の頭をよぎる。
「進路どうすんの」
「さぁ」
「リンゴ飴シリトリなんかやってる場合じゃねーんだよな」
「まぁ」
それからしばらく、タカシたちは無言で歩いた。大学がどうの、出席率がどうの、と、考えるべきことはたくさんある。終業式を終えたばかりだというのに、やはり「次の季節」を考えてしまう。これは、やはり若いからだ。
どちらからともなく、二人は公園に向かっていた。ベンチに座ると、主人の存在しない自動販売機でコーラを買う。二人、それぞれ自分のお金を使った。
「いつか、こうなるんだろうなとは思ってたけどさ」
「俺たちも働くんだよな」
「分かんねえよ、これから先の事なんて」
「そうだよなあ」
二人は、少しずつ温くなっていくコーラを片手に、公園に佇んでいた。公園の近くを、元気な小学生が走っていく。アサガオの鉢植えが重たそうだった。もっとも、タカシたちは別の鉢植えを抱えており、それが重圧になっていたのだが。
「おい、あれ」
「あれ……DVDか?」
「CDかも」
タカシが円盤型の光るものに近寄った。拾上げると、市販されている焼き増し用のDVDだった。二人はそれをタカシの家で鑑賞することに決めたのだった。
ほどなくして、深夜。二人はタカシの部屋でDVDを再生した。くだらない映画だったとしても、何かを忘れられるのなら、それでいい。しかし。
「これ、エグいな……」
「う、うおお……これ持って帰っていい?」
ユウジが、下卑た笑いを浮かべた。夏休み、希望に満ちた時間。目先の幸せに囚われている、愚かなものだったとしても、温いラムネのような優しい時間が必要なのだ。
(了)