【BNSK】2016年8月品評会  
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ぼくは友達がほしい
(仮)
投稿時刻 : 2016.08.14 23:52
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ぼくは友達がほしい
(仮)


 お祖母ちんの遺影に位牌、水を入れたお猪口を置いて仏壇代わりにしているミニテーブルにセブンイレブンと書かれた封筒が置いてあた。
 なんだろうと思て、中を見てみると「第852回スポーツ振興くじ」という券が入ていた。券には小さく「単価 300円 5口 合計1500円」という文字が表記されていた。
 最近、お父さんがやたら熱心にお祖母ちんに手を合わせているなと思ていたけど、そういうことだたのか、とぼくは一人納得した。
 封筒をもとに戻し、ぼくは小さくため息を吐く。こんなことしても無駄なのに。
 一五〇〇円あたらステーキ食べられるのかな、とぼんやり思た。昨日、ダイキ君が「高いステーキはワサビと柚子胡椒をつけて食べるんだぜ」と自慢げに話しているのをこそり聞いていたからだ。
 うちは貧乏で、だから高いステーキも安いステーキもぼくは食べたことがなかた。テレビで見たことのあるような分厚い肉をフクとナイフで切て、それにワサビをつけて口の中に入れるところを思い浮かべてみた。けど、肉にワサビというのがどんな味なのかまたく想像もつかなかた。柚子胡椒なんてもとどんな味なのかわからない。見たことすらなかた。
 お父さんが買た宝くじが当たたらステーキ食べられるのかな。でもあまり期待はできない。だて僕は知ているからだ。
 ご先祖様やお祖母ちんの幽霊がいて、お父さんの宝くじが当たりますようにという願いに応えてくれるかどうかはわからない。
 けど、少なくとも神様は何もしてくれないということは、ぼくは知ていた。
 ぼくの話し相手になてくれる神様は、ぼくの「友達がほしい」という願いに「どうしようもないねえ」としか言てくれなかた。
 だからご先祖様や、お祖母ちんにお願いするのはともかく、神頼みなんて意味のないことだとぼくは知ていた。
 学校に行く前にぼくも、お父さんに倣て「宝くじが当たりますように」とお祖母ちんとご先祖様に手を合わせてお願いをしてから、家を出た。
 宝くじが当たて、お金持ちとまでは言わないまでも、今よりもう少し生活が豊かになてほしいのはぼくも同じだ。
 そうすればステーキだて食べられるし、きと友達だてできるはずだからだ。
 でもやぱり、とも思う。宝くじなんてどうせ当たらないし、その宝くじを買た一五〇〇円で、どうせならステーキを食べさせてほしかたな、と。
 
「カズヤー昨日ちんと風呂入たか!」
 登校してくるなりダイキ君がぼくの頭をぱーんと景気よく叩いてきた。
 いくらぼくの家が貧乏でも、お風呂に入れないほどの貧乏ではないぞ。そう言ても、ダイキ君はいつもいつも同じようにからかうので、そのうちに言い返すのをやめることにしていた。
 ぼくがだんまりを決め込んで、ランドセルから教科書を机の中に移していると「うわ! フケ飛んだ!」とダイキ君がさらに囃したててくる。それに釣られるように近くの男子たちも「うわ! きたねえ!」と好き勝手言い始めた。飛んでないし、髪もちんと洗てるよ。
 ぼくは、そんな彼らを無視して教室の時計を見上げた。八時二十五分。もうすぐチイムが鳴て先生が教室にくる。そうすればこの毎朝の鬱陶しい時間も終わる。
 ほどなくしてチイムが鳴り、先生が教室にやてくると、ぼくの周りで騒いでたダイキ君たちがいそいそと自分の席に戻ていた。
 先生は出席を取ると、今日は何やら沢山のプリントや冊子を配りはじめた。ラジオ体操のカード。夏休み学校プールの利用に関するお知らせ。夏休みの予定表。夏休みの宿題。その他いろいろ。その中の一枚のプリントを取て先生が言た。
「はいみんなこれ、夏休みの過ごし方についてのお知らせてプリントをみてー
 見てみると、夏休みに子供だけで立ち寄てはダメ場所、花火をするときや、山や海に行くときは必ず保護者同伴すること、そういたことが書かれたプリントだた。
 その中でも特に大きく注意するよう書かれていたことがあた。
「先生はやたことないんだけどな。最近ポケモンGOというスマートフンのゲームが配信されて――
 僕にはあまり関係のないことだた。ポケモンGOというのはダイキ君が教室でやてたり、話をしているのを聞いたことがあたからなんとなくどういうものか知ていた。けどもちろんぼくはスマートフンなんて持ていないし、お父さんもガラケーと言われるポケモンGOが出来ない携帯電話しか持ていなかた。
 先生の話をぼんやりと聞きながら、ぼくは窓の外を眺めて明後日からの夏休みについて想いを馳せる。
 今年もきと退屈な夏休みになるに違いない。
 みんなは家族や友達と海とか山に行たり、花火とかキンプとかお祭りに行たりするんだろうか。
 それとも誰かの家でゲームしたり、みんなでポケモンGOとかしたりするのかな。いずれにしても友達や家族、誰かと楽しく夏休みを過ごすのに違いない。
 ぼくには、そんな風に楽しく夏休みを一緒に過ごす相手なんていなかた。友達はいないし、お父さんだて仕事で帰てくるのは夜になる。
 ぼくはときどき考えることがある。
 学校では、漢字や算数、いろいろなことを教えてくれる。道徳の授業では、どうして嘘を吐いてはダメなのかとか、人に悪口を言ていけない、ということについて先生やクラスのみんなと話し合たりしたこともあた。
 だけど、学校では、友達の作り方は教えてくれない。
 ダイキ君をはじめとするクラスのお調子者連中にからかわれるのは、明確に悪口やイジメといたものとは違うのだろう。彼らにとてはそう、軽口や冗談の類なのだ。ぼくが、本気でイヤがたり、あるいは堪えきれず泣いてしまたときなんかは素直にごめんと謝てもくれる。だからぼくも、そこまで深刻に悩んだりすることもなかた。
 だけど、だからといて彼らとぼくが友達かと言われれば、それは違う。
 休み時間に校庭でサカーをしたり、ゲームやマンガやテレビの他愛ない話をして笑いあたり、そういたことをするような間柄ではなかた。
 他のクラスメートについても同様だ。なにかのきかけで喋たりすることはあても、彼らとぼくはけして友達ではなかた。それはクラスの女子もまた然りだ。
 そんな彼らとぼくの違いについて考えると、やぱり浮上してくるのが家が貧乏かどうか、ということだた。
 マンガやテレビなんかでは、お金じなんでもは買えないという話はよくある。それはそうだろう。人や、人の命や、本当に大切なもの、ましてや友達だてお金で買えるものじないことくらいぼくだてわかている。
 でも、と思う。例えばゲーム、ポケモンGOにしたてそうだ、そういた誰かと共通の一緒に楽しめるものが一つでもあたら、きとただそれだけで、その誰かとぐと仲良くなれるものなんじないのかな、と。
 家が貧乏じなかたら、そのことをからかわれてイヤな思いをすることも、逆にぼくがそのことを負い目に感じることもなく、はじめから対等な関係でいられたんじないかな、と。
 だから、ぼくは思う。お金で友達を買うことはできない。だけどきと、お金があたほうが友達を作るのはずと簡単だ、と。
 朝の会が終わると、明後日からの夏休みについての話で教室の中は騒然となた。ぼくに話しかけてくる人は当然だれもいなかた。
 ぼんやりと窓の外を眺めると、突き抜けるような夏の青空と、じじじという蝉の鳴き声が遠く聞こえた。
 今年も、退屈な夏休みがやてくる。

 家から自転車で十分くらい走ると、小さな山の裾に広がるようにして自然公園と呼ばれている場所があた。少し入たところに木を切り出して作られたちとしたアスレチクや、「台」の部分が全部リレーのバトンのようなローラーでできた大きな滑り台なんかもある。少し奥またところには拓けた場所があり、そこに地元の人から、「展望台」と呼ばれている屋根のある木組みの櫓がぽつんと建ている。
 展望台に向かう道の途中、背の高い雑草分け入て、獣道を少し進むと小さな祠があた。その中に隠れるようにして、背の順で横に並んだ三体のお地蔵さんが立ていた。
 そこにぼくの話し相手になてくれる山の神様がいた。
 久しぶりに会いに来たぼくに、神様は「やあ」と面倒そうに軽く手を挙げた。
「なにしにきたんだい? 相変わらず一人で」
「なんでそんなイヤそうなの?」
 神様の嫌味にぼくが口を尖らせて言うと「だてねえ」と神様は一番背の高いお地蔵さんの頭の上に腰掛けて言た。
「君は、私が神様だからといて、なんでもできると勘違いしている節がある。またなにか無理難題をふかけに来たんじないのかい?」
 以前、ぼくが「友達がほしい」とお願いしたときのことを言ているのだろう。それに対して神様は「どうしようもないねえ、私は山の神だから、君のお願いは叶えられない。それにねえ神様だからといて人間のお願いを何でも叶えてくれると思たら大間違いなんだよ」とかなんとか口煩く説教をはじめたのだ。ぼくはそれに「神様てほんと役に立たないんだな!」と言てそれ以来だたものだから、たぶんそのときのことを根に持ているのかもしれない。ほんと器の小さい神様だ!
「違うよ、暇だから会いに来たんだよ」
 ぼくは白々しく笑て、丸太を縦に割て作られたベンチに腰掛けた。
「ふうん。で、本当はなんの用事なんだい?」
 神様は意地悪そうに笑てぼくの顔を覗き込んだ。ぼくの考えていることなんてお見通しで、でもあえて知らないふりをして楽しんでいるといた態度で、そんなところだけ神様ぽかた。
「うん、あのね――
 観念してぼくは神様に頼みごとをすることにした。
 神様に会いに来たのには当然理由があた。でなければこんな意地の悪い神様になんか会いに来ようなんて思わない。それでなくとも自然公園の奥のほうにはクマが出るからと、子供だけで立ち入らないように学校の先生からは言われている場所だた。
「神様に自由研究を手伝てほしくてね――
 
 夏休みに入ると、ぼくはいよいよ暇を持て余すようになていた。
 ラジオ体操に出席するためにいつもより早起きすることになるから、それは尚更のことだた。朝の涼しい時間は夏休みの宿題を少しずつ進めるのだが、お昼になると暑くて大抵は扇風機に当たりながらテレビを観て過ごしていた。一度、学校のプールには行てみたけど、上級生や他の子たちが楽しそうに泳いでいるなか、ぼくだけ一人で水面をぷかぷか浮かんでいるのは、やぱりおもしろいことではなかた。ぼくを気にかけて監視員さんが話しかけてきたのも、余計に一人ぼちで泳いでいる自分が恥ずかしくなるだけだた。
 あるときぼくは、お父さんの集めているマンガを読むことにしたのだた。
 そのマンガは、ぐちぐちとした絵が気持ち悪く、話の内容もよく分からないものだたので、いままで敬遠していたものだた。
 ところが暇だからと何十巻もあるうちの一巻から読み進めてみると、これが意外とおもしろくてぼくはそのマンガにすかり夢中になてしまた。絵は相変わらず気持ち悪いままだたけど。
 その中の一冊に、主人公と居候先の長男がクワガタムシを戦わせるという話があたのだ。ぼくはその話がえらく気に入て何度も何度も読み返したのだ。
 自身の体長の三分の一はあろうかというハサミ――学術的には「顎」らしい――を噛み合わせ、内側に並ぶ歯のような刃で相手の体を削り、持ち上げ、ときには突進して戦う。そんなクワガタムシの雄々しい姿にぼくはすかり魅了されてしまた。
 そして何度も何度も繰り返し読んでいるうちにふと思い立たのだ。
 ――これを自由研究のテーマにしよう、と。
 しかしながら、ぼくの家はクワガタムシを買う余裕など当然あるわけがなかた。なんでも聞くところによるとクワガタムシは数千、数万は下らない代物らしいという話だた。
 そこで頼りになるのが神様というわけだ。意地の悪い神様ではあるが、この自然公園のある山の神様であるからには、クワガタムシの一匹や二匹捕まえるくらい造作もないはずだ。ぼくはそう考えて、今日この自然公園を訪れたのだた。

「ふーん、で私にクワガタムシを捕まえてこいと?」
 ぼくの話を聞き終えると、神様はいかにもといた感じで顔をしかめてみせた。その寄せた眉根から、めんどくさいというオーラが如実に表れていた。
「お願いします! 神様! なんでもしますから!」
「君はこんなときだけ調子がいいねえ」
 神様はやれやれといた様子で肩をすくめると、ぼくに向かて指を一本立てて見せた。
「一つ、条件がある」
「条件?」
 ぼくが首をかしげると、神様は腕を組み、ご立腹といた様子で鼻を鳴らした。
「最近この山を、手のひらくらいの薄板片手に訪れる人間が増えてね。それ自体は別に構わないよ。なにやら、その薄板をかざしては必死に何かを探している様子だたけれどね。そういた人間たちがこの山のあちこちにゴミを捨てては去ていくんだ。なんなんだいあれは。夏はただでさえ不埒な輩が増えるけれど、この夏は特に酷い。冬になると、見向きもしないくせに。またく人間というのは本当に身勝手な生き物だよ」
「はあ」
 そんなことぼくに言われても困るけれど、と思いながらも大人しく神様の言うことに頷いていると。「そこでね」と神様はぼくを見てにんまりと口の端を吊り上げて、底意地の悪そうな顔をした。
「君には今日一日、この山のゴミ拾いをしてもらおうか」
「う……なんでぼくがそんな」
 露骨に嫌そうな顔をすると神様は「ああ、そうかい」と興味を失くしたようにくるりとぼくに背を向けた。
「嫌なら別に構わないよ? ま、私もクワガタムシのことなんてしらないけれどね」
「う……
 そう言て肩越しにぼくを見やる神様はどこか愉し気だた。きとしてやたりと思ているに違いない。
「わかたよ。わかりました、ゴミ拾いをすればいいんでし
 ぼくは観念したように両手を挙げてみせた。そして「よろしい」と得意げに振り返た神様にぼくも指を一本突き出してやた。
「ただし、条件がある。クワガタは3匹。できれば同じ日に生まれた同じ種類のやつで。無理なら大体同じくらいの体長のでお願いね」
「おい」
 文句を言われる前にぼくはくるりと神様に背を向けてさきの真似をしてやた。
「イヤなら別にいいんだよ?」
 背中で神様が「やれやれ」とため息を吐くのが聞こえた。
 してやたり。

 ゴミ拾いをするにあたて、神様はぼくにヌエという名前の使いを同行させてくれた。
 黒い影がそのまま子犬のような形に浮き上がたかのような不気味な見た目で、最初ぼくは薄気味悪いなと思ていた。神様も「間違て攻撃でもしようものなら襲いかかてくるから気をつけたまえよ」と意地悪そうに笑ていたし、ヌエていう名前の響きもなんか気持ち悪かた。
 だけど、このヌエが恐ろしく便利だた。ゴミを探して山のあちこちを探索するぼくに大人しく付き従い、ゴミを見つけるとひいと咥えてその影のような身体の中に飲みこんでしまうのだ。
 それに、お父さんに持たされていた虫よけ成分の入た制汗スプレーの匂いがえらく気に入たらしく、くんくんと鼻を鳴らしては足元をじれついてくるのでなんだかだんだんと可愛らしく思えてきた。蛇のような形の尻尾をぷりぷり振りながら歩く姿もちと可愛いし。きと、ペトを飼たらこんな感じなんだろうなと、最初は面倒なだけだたゴミ拾いもいつしかすかり楽しみながらぼくはゴミを探して歩き回ていた。
 そうしてぼくはヌエと一緒に、タバコの吸い殻、空き缶やペトボトル、使い捨てられた花火の残骸、いろいろなゴミを拾い集めた。正確には、ヌエが食べて処理をしていたんだけど。
 太陽が沈みかけ、辺りがすかりオレンジ色の夕日に染また頃、ぼくはそろそろ神様のところに戻ることにした。一日中歩き回て、もうすかりへとへとだた。
 そうしてヌエを引き連れて、小さな川に掛かる橋をのろのろと渡ろうとしたときだた。橋の向こう側から子供の笑い声が聞こえてきた。
 聞いたことのある声に目を向けると、ダイキ君とクラスメートの何人かが楽しそうに喋りながら橋を渡てくるところだた。その姿を確認してぼくは思わず、橋の近くの茂みに身を隠していた。
 別にダイキ君たちが嫌いなわけじないけど。でも自然公園に一人でいるところなんて見られたくなかた。それにまたダイキ君たちにからかわれて、惨めな思いをするなんてとてもじないがイヤだた。
「ほんとだよー! この川にゼニガメいるて聞いたんだよ!」
「えー、コイキングしかいないじん」
 ダイキ君たちの楽しそうな声が次第に近づいてくる。その話し声を聞いてそうか、と今更ぼくは気がついた。神様が言ていたのはスマホでポケモンGoしている人たちだたのか。
 そうしてダイキ君たちが行き過ぎるのを、茂みの中でじと息を潜めて待ていると、ふとさきまで足元にいたヌエがいなくなてることに気付いた。
 あれ、と思て辺りをきろきろ見渡すと、茂みの隙間から、橋をてくてくと歩いていくヌエの姿が見えた。直感的にぼくはまずいと思た。
「うわ、なにコイツ……
 先頭を歩いていたダイキ君がヌエと相対して気味悪そうに呟いた。他の子たちもヌエの真黒い姿を確認すると一様に気味悪そうに一歩後ずさた。
「なにこれ……キモ……
「あちいけよー!」
 ダイキ君が威嚇するように叫んだ。
 どうしよう。出て行て彼らを止めないと。ヌエに余計なことされる前に、早く行かないと。だけど。そう思ているのに、ぼくは一歩も動き出せずにいた。じと茂みの中で橋の様子を伺いながら、お願い早くどか行てくれと、ただただ必死に祈ることしかできなかた。そして、それと同じくらいに――
 ダイキ君が足元に転がていた石ころを拾い上げた。じりじりと後ずさりしながら、平然と向かてくるヌエに腕を振り上げた。
「こちくんな!」
 短く叫び、ダイキ君がヌエに向かてその腕を振り下ろした。
 ――こうなることを、ぼくはどこか心の片隅で望んでいたのかもしれない。神様はヌエに攻撃すると襲い掛かてくると言ていた。ほんとに? 襲い掛かてくるて、じあ攻撃したらどうなるの? それを試してみたい、見てみたいという気持ちが、たしかにぼくの中にはあた。
 ダイキ君の投げた石がヌエの黒い影に呑み込まれた――その瞬間だた。
 身の毛のよだつような雄叫びが辺りに響き渡た。風が巻き起こり、山の木々が音を立てて揺れてカラスが一斉に飛び立た。その轟音にぼくは思わず耳を押さえて目を閉じた。
 次に目を開いたとき、まずヌエの何十倍にも膨れ上がた黒い影が橋を覆ているのが見えた。クラスメートの何人かが叫び声をあげながら必死に逃げていくのが見えた。
 そして、橋の縁にぶら下がているダイキ君の身体が見えた。
「なんだ……
 神様が襲い掛かるというからどんなものかと思たら、こんなものかとぼくは正直がかりしていた。
 橋に近づくと、ダイキ君が鼻水と涙でぐしぐしにした顔でぼくを見上げた。
「だずげて……
 頑張れば自分で橋に上がることも出来そうな感じなのに。なんというか、その顔といい姿といいなんとも間抜けでぼくは思わず吹き出してしまいそうになた。それにここから落ちてもたぶん死ぬことはないだろう。せいぜいが学校の二階くらいの高さだ。ヌエは大きくなた姿そのままにじと座てぼくたちを見下ろしていた。
 ぼくは泣き面のダイキ君に向かて指を一本突き出して見せた。あのときの神様の真似だ。
「ひとつ条件がある。ぼくと友達になてくれる? そしたら助けてあげる」
 一瞬、何を言ているのかわからないというようにダイキ君は口を開いた。そしてすぐに「なる! なるから早く助けて!」と叫んだ。
「わかた、でも一応確かめないとね」
 外で遊ぶ時はこれを使うようにとお父さんから言われていた制汗スプレー、山でゴミ拾いさせられたり、まさかこんなことになるなんて思てもみなかたけど、持てきておいてほんとによかた。
 ぼくはそれをダイキ君の顔に向かて噴射した。

 滑らないように崖を慎重に降りていくと、背中から落ちたダイキ君が川べりで泣きながらのたうち回ていた。全身痛めて立ち上がることもままならない様子だた。
「ダイキ君、大丈夫ー?」
 声をかけてやるとダイキ君は恨めしそうに地面からぼくを睨みあげた。
「お前ふざけんなよ! ぜてー母ちんに言てやる! 先生にも言てやるからな!」
 恐ろしい形相で見上げるダイキ君の顔はとても友達に向けるものとは思えなかた。友達になると、言たのに。
「でもぼくと友達になるて言たよね? 友達ならなにしても許してくれるよね?」
 恐る恐る言うと、ダイキ君は顔を真赤にしながら叫び返してくる。さきのヌエの雄叫びのような恐ろしい声だた。
「ばかじねーの! お前なんかと友達になるかよ! 死ね! ぜてー許せねーからな!」
「それは……たな」
 こんなことぼくはしたくないのに。ダイキ君と友達になれるならそれが一番よかたのに。でも、ぼくと友達になれないというなら、それはしうがないことだた。学校や親にこのことを言われてしまたら、ぼくはますます友達のいない人生を歩むことになてしまう。
「おい……なにしてんだよ、ざけんなよ」
 ぼくは、辺りを見回してゴミを見つけると、それをダイキ君に向かて放り投げてやた。そのゴミを追てヌエがのそのそとダイキ君に迫ていた。
 辺りはもうすかり暗くなてきていた。この川辺のゴミを拾い集めたらそろそろ帰ろう、ぼくはそう思た。
 最後に、ぼくは自分のことを棚に上げて、もう聞こえていないかもしれないダイキ君に教えてやた。
「自然公園の奥のほうはクマが出るから、子供だけで来ちダメて先生が言てたよね」

 クワガタムシを三匹も持て帰てきたぼくを見てお父さんが「なんだコレ!?」とビクリしていた。ぼくはお父さんにピースをして「捕まえた」と自慢げに言てやた。
 夕飯を食べながらお父さんがふと思い出したように言た。
「そういえばカズヤ、宝くじ当たたから今度美味しいもの食べにいこか」
「え、ほんと!?」
 お父さんのお祈りは、お婆ちんに届いたのだろうか。それともご先祖様に届いたのだろうか。
 神様ではないことだけは間違いないだろう。
 何食べたい? というお父さんにぼくは迷わずステーキ! と答えた。
 クワガタムシの観察もできて、ステーキまで食べられるなんて。
 今年の夏休みは退屈しないですみそうだ。
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