気づいた時には
気づいた時には、猫の腹がふくらんだりへこんだりしていた。ふわふわの毛皮におおわれた腹がふくらんだりへこんだりしているさまは、圧倒的な存在でとてもかわいらしい。
体はくるりとアンモナイトように丸まり、尻尾を体にまきつけている。
猫の目が開いた。黄緑色の瞳は宝石のように美しい。黒い部分は線のように細い。
大きくあくびをした。小さな牙が丸見えにな
った。手を前にやり、うーんと伸びた。指の間も思い切りのばして、ピンク色の肉球が丸見えになった。今度は、座り込み、毛づくろいをはじめた。まず手を念入りに、ピンク色の舌が舐めている。指の間も丁寧になめとると、その丸い手を使って、頭や耳を撫でている。丁寧に頭も毛づくろいをしているのだ。それから、背中をなめ、腹をなめ、後ろ足をつかって首のあたりをける。
真っ白いその首のあたりの毛に触るのはどんな気持ちだろうと思った。
そして、大きくジャンプをした。
あの猫はどこへ行くのだろう。私は、ぼんやりとそれを見ている。
生も死も何も変わらない。
人は生きたように死んでいるし、死んだように生きている。
生きていようが、死んでいようが人は何も生み出さないし、何かをなしえるわけではない。生者はただそこに存在するつまらない存在で、死者はそこらへんにあるものをただ消費するだけ存在である。人は、ただ死んでいたり、ただ生きているだけの存在なのだ。
でも、私は生きていたい。生と死に違いがないのなら、どちらでも構わないと思うだろうが、それでも生きていたい。生にしがみつくと思われてもかまわない。
猫が、私が座っている場所にきた。丹念ににおいをかいでいる。私が座っている場所をつきぬける。半透明の私をまるで存在しないかのようにふるまう。私の膝に手をのばした。もちろん生者の私の膝に、存在感などない。すかっとその手はつきぬける。そしてそのまま、ソファに白く丸い手が到達する。
猫は、イライラとソファで爪とぎを始めた。
にゃー。鳴いた。
まるで、私を探しているように。
そうか、ようやく私は気づく。生と死は変わらないものであっても、ステージが変わるのだ。もう、猫は私を認識しえないのだ。
私は、悲しくなった。
ああ、あの猫は死んだのだ。ようやく認識した。わかった。身に染みて気づいた。
なんと私は馬鹿なのだ。
あの猫ののどを撫でてやりたい。と思った。
死んだらその願いも叶うだろうか。
死にたい。早く死にたい。初めてそう思った。