てきすとぽい
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第34回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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彼女が彼の上着の裾を引いた理由
(
ra-san(ラーさん)
)
投稿時刻 : 2016.08.20 18:19
字数 : 1000
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彼女が彼の上着の裾を引いた理由
ra-san(ラーさん)
「お待たせー
、
……
あ」
遠距離恋愛中の彼とひと月ぶりのデー
ト。駅の改札で待
っ
ていた彼があたしを見つけて手を上げたとき、あたしはすぐにそれに気づいてしま
っ
た。彼の首元に視線が吸い寄せられる。
シ
ャ
ツの前後ろが逆だ。
明らかに不自然に首元の詰ま
っ
た上着の下のシ
ャ
ツ。その上になにも知らずに「全然気にしてないよ」とにこやかに答える彼の笑顔が載
っ
ている。いや、気にして、そのち
ょ
っ
とタグがはみ出て見えるその首元を気にして。
そんな想いが通じることもなく、彼は笑顔で「今日はどこ行こうか?」とさ
っ
そくデー
トの相談を始める。デー
ト
……
。前後逆転はみ出しタグシ
ャ
ツの彼氏とデー
ト
……
。
改札前を行き交う人々の喧騒が不意に大きく聞こえ出す。人、人、人、その視線の動きが気になり出す。彼の不自然な首元。そこに気づいた人間は同時に気づくことになる。前後ろ逆にシ
ャ
ツを着た彼氏と、その横を歩く彼女の存在に
――
。
「とりあえず、スタバでも入
っ
て考えようか?」
「あ、ち
ょ
、ち
ょ
っ
と待
っ
て!」
駅構内のスタバに行こうとする彼の上着の裾をつまんで食い止める。これは名誉の問題だ。前後ろ逆のシ
ャ
ツを着た彼氏がスタバでコー
ヒー
を傾けながら彼女と談笑する
――
。自分がその様子を見たらどんな視線をむけるだろうか。「わあ、あのカ
ッ
プルの彼氏のシ
ャ
ツ、前後ろ逆なんだけど。しかもデー
トで気取
っ
てスタバ入
っ
て
っ
て感じでウケる。彼女教えてあげな
っ
て(笑)」
――
それは、嘲笑。
これで彼がブラ
ッ
クのコー
ヒー
なんて飲み出したら目も当てられない。そんなこと断じてあ
っ
てはいけない。あ
っ
てはいけないのだ。あたしは意を決して口を開く。
「あ、あのさ
……
」
しかし、そこであたしは言いよどんだ。彼の性格が頭によぎる。ナイー
ブなのだ。彼は。優しい彼は、反面に失敗を気にしやすい性格なのだ。
ここであたしが彼のシ
ャ
ツが前後ろ逆であることを指摘すれば、シ
ャ
ツは元に戻る。しかし彼がこのことを引きず
っ
て、今日のデー
トは重苦しいものになるだろう。ひと月ぶりのせ
っ
かくのデー
トが台無しになる。それは嫌だ。でも、どうする? 彼に気づかれずにシ
ャ
ツを脱がして元に戻す。そんな、そんなマジ
ッ
クみたいな方法が
――
。
そのとき電光のような閃きがあたしを襲
っ
た。
あたしは彼の上着の裾を引きながら上目づかいに言
っ
た。
「
……
来たばかりで、その、あれなんだけど
……
しよ?」
彼のシ
ャ
ツはホテルで無事に元に戻りました。
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