第34回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
 1  3  4 «〔 作品5 〕» 6  18 
空へ降りる
大沢愛
投稿時刻 : 2016.08.20 18:55
字数 : 1000
5
投票しない
空へ降りる
大沢愛


 凛が屋上から飛び降りたのは五月だた。
 まだ、コンクリートの照り返しで目をやられる心配もなくて、全身が熱気のお湯に揺蕩う感覚にも襲われない頃だた。
 八月の陽射しは容赦なく、手摺りはすかり焼けていた。タオルハンカチを手摺りに巻かないと、とてもじないけれど持ていられない。

 中学までだたら、私と凛とは絶対に友だちになんてならなかたと思う。やんちな子たちとつるんでいた私にとては、びくびく図書室へ逃げ込んでいた凛なんて相手にする理由がなかた。中三になて、ちと人間関係をしくじた私は、ワルのツレたちとは別の高校に行くことになた。にわか勉強がハマて、地区でいちばんの進学校に滑り込んだ。明らかににおいの違う連中の中で、私は浮いた。とりあえずつるむ相手を物色していたところに凛がいた。

 ま、アンタも友達がいないタイプだしな、凛?

 むりやりそばにいても、助けを求める相手がいない。
 最初は本気で嫌がていたと思う。でもそのうち、何も言わなかた凛が少しずつ話し始めた。

 ようするに、この世界が嫌だてんだな。この世界と一緒にいたくないて。
 
 何言てんだコイツと思たよ。ヘンな本の読み過ぎでアタマがイカれちまたんじないか、てさ。でも凛のやつは真剣だた。
「いつか、この世界から飛び降りてやる」
 喧嘩のひとつもできないくせに。そんな度胸なんてないだろ、と高をくくていた。
 いちおうは友だちだから、私は凛の話は笑わずにぜんぶ聞いた。私に分からせようと、一生懸命に話す凛を見ていると、なんだかいじらしい気がした。
 
 そして五月のあの日、とうとう凛は屋上から飛び降りた。
 掴んでいた手摺りを放すと、凛の身体はあという間に空高く舞い上がて、見えなくなた。

 それきり、凛には会ていない。

 凛の言葉を思い出す。この世界は猛烈な勢いで落下を続けているそうだ。懸命にしがみついている限りは問題ないけれど、掴まるもののないところで手を放せば、落下する世界から取り残されてしまう。

 それを私たちは「降りる」と呼んでいる。

 ゲームから降りるみたいに。

 夜空を見上げても、この世界から飛び降りた凛の姿は見えない。
 ただ、こんなばかみたいに晴れ上がた夏空なら、もしかしたら微かな点くらいには見えるかもしれない。

 もし見えたら思いきり叫んでやる。

「スカートの中が見えてるよー、この馬鹿野郎」

 くそ暑い夏は、まだまだ終わりそうもない。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない