てきすとぽい
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第35回 てきすとぽい杯
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基本のルール
(
朝比奈 和咲
)
投稿時刻 : 2016.10.15 23:43
字数 : 2020
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基本のルール
朝比奈 和咲
「どうしてそんなことをしなければならないのでし
ょ
うか?」
いや、そう言われても困るんだが。
とりあえず俺は適当に返答した。
「基本なんだよ、基本。俺もこれを覚えてから次のステ
ッ
プに行けたわけで」
「はあ。基本ができるから勝てると」
「そう。何か困
っ
たり苦しか
っ
たりしたとき、基本をきちんと行
っ
ていたかどうかで勝てるかどうかが決ま
っ
たりするわけで」
俺がそう言うと、新人は少し困
っ
たような顔をして言
っ
た。
「その、よくわからないんですけど、勝てばいいのでし
ょ
う?」
「まあ、最終的には」
「だ
っ
たら、勝つために必要なことをすればよいかと。わざわざ基本を学ぶとか、その、基本とかいう回りくどいことをしなくても良いと思うのですけど」
「それだと後で苦しくな
っ
たときに、困ることになると思うぞ」
短い沈黙の後、新人が言
っ
た。
「先輩は苦しくな
っ
たときに、基本のおかげで勝てたことあるのでし
ょ
うか?」
ない。あるかもしれないが、正直言
っ
て思いつかなか
っ
た。
「あるよ。何度も。だから、まずは基本を学んでくれ」
嘘でもこう言いたか
っ
た。
「嫌です。やりたくないので」
勝手にしろ、と言いたくな
っ
た。
俺はその後、何も言わずにその場を去ることとした。
俺は先輩に先ほどの新人の態度について言い、そして教育係を下ろしてくれと言
っ
た。
「でもなあ、もうあなたしかいないんですよ」
先輩は困り果てた顔をして言
っ
た。
「その、基本とかいうルー
ルを守ればいいだけなのですけど、どうしてできないのでし
ょ
うね、彼は」
「知りませんよ。今年の新人は勝つことだけしか考えていないんじ
ゃ
ないんですか」
そのルー
ルを俺に去年教えてくれた先輩は言
っ
た。
「まあ、勝てればいいんですけどね」
「そうですけど
……
。とりあえず、もう私を教育係から外してください」
「待
っ
てくださいよ。新人を見るに、筋はいいんですよ。彼を教えられるのはあなたしかもういないじ
ゃ
ないですか」
それは俺も分か
っ
ていることだ
っ
た。
新人は強か
っ
た。勝てるのはチー
ム内でも数名しかいない。
だから、ルー
ルを守
っ
てくれればと思
っ
ているのだ。
でも、新人は守ろうとしない。どうしてかは分からない。
「世渡りの下手くそな新人ですよね、ま
っ
たく」
先輩の前で新人のイヤミをつい言
っ
てしま
っ
たことにすぐ後悔したが、先輩は苦笑して言
っ
た。
「まあ、近いうちに困ることになるかもしれませんし、そのときにな
っ
て分か
っ
てくれるでし
ょ
う」
俺もそうなると思
っ
ていた。
しかし、そうはならなか
っ
た。
新人は負けなか
っ
た。
新人は苦しくなるときはなか
っ
た。その前に勝
っ
てしまうからだ。
新人はルー
ルを守らないせいで冷やかな目でみられることもしばしばあ
っ
たが、冷やかな目を向けるのはルー
ルを知
っ
ている者たちだけだ
っ
た。
ルー
ルを知らない大勢の観客にと
っ
ては、新人の勝ち
っ
ぷりに歓声を上げて祝福していた。その姿を見れば見るほど、俺は基本を守らない嫌な奴という感情が強ま
っ
てい
っ
た。
チー
ム内で新人がいなくなると大きな痛手になる、そのことを誰もが知
っ
ていた。
新人だけ、ルー
ルを守らなくても良いことにな
っ
た。暗黙の了解として広ま
っ
た。
俺は正直言
っ
て新人が気に入らなか
っ
たし、羨ましくも思い始めていた。
俺は新人がやらない、長年俺が大事にしてきた基本のルー
ルを徹底して行うことにした。
いつかこの基本のルー
ルで新人を負かしてやるために。
時が過ぎ、突然新人が辞めると言い出した。
一度も負けたことのない新人が辞めると言い出し、先輩は留まるようにと懇願したが、新人は耳を貸さなか
っ
た。
俺は辞めてどうするんだ、今までの時間が勿体ないじ
ゃ
ないかと言うと、新人は言
っ
た。
「いや、でも面白くないので。辞めて今度は違うことを始めることにしたんです」
「どうしてそんなことができるんだ。今までの努力が無駄になるんだぞ」
お世話になりました、とだけ言
っ
て新人は去
っ
てい
っ
てしま
っ
た。
最後まで俺は新人に勝てないままとな
っ
た。
それからというもの、新人が辞めた理由についていくつもの憶測が流れたが、新人がそのことについて全く口を割らないせいで真実は分からぬままとな
っ
た。
それから俺は長い間、基本のルー
ルを徹底することで勝ち続けていたのだが、次第に相手そのものが少なくな
っ
てきてしまい、気づけば存続の危機とまでささやかれるようにな
っ
ていた。
無くな
っ
てしまうのは悲しいことだが、俺が続けている間はまだあると言われ、正直ほ
っ
としている。
せめて、俺がこれを辞めるまで勝敗になんも関係ないこの謎ルー
ルを廃止しないでくれと思
っ
た。
そうでなければ、今まで信じて守
っ
てきた俺がアホみたいじ
ゃ
ないか、と今では思
っ
ているからだ。
俺はと
っ
くに基本を守
っ
ているように見せかけているだけとな
っ
ていた。
基本を守るほど勝てないということをすでに知
っ
ていた。
だから、俺はみんなに基本を守
っ
ていてほしいと思うのだ。
そうでなければ、こんな謎ルー
ルを基本として学んできた俺が、アホみたいじ
ゃ
ないか。
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