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第35回 てきすとぽい杯
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〔無題〕
 投稿時刻 : 2016.10.15 23:45
 字数 : 1328
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永坂暖日


 それは、自分でもよくわからないまま連れ帰た娘だた。
 彼は大手を振て通りを歩けるような男ではなかた。警衛兵に彼の生業を知られれば、間違いなくその場で捕らえられる。下手すれば首をはねられる。文字通りに。ただ、街のごろつきや窃盗犯が日頃の相手である警衛兵程度なら、彼はあさり返り討ちにしてその場を逃げ去ることができるだろう。背に負う罪はより重くなるが、多少増えたところで、今更痛痒は感じないが。
 彼の生業は暗殺業だ。定宿にしている娼館経由で暗い依頼が舞い込んでくる。
 先日の依頼もそうだた。中流階級の身なりで娼館にやてきた客は、誰にしようか迷う素振りを見せながら、男に依頼を取り次ぐことのできる娼婦を指名した。やることは一通りやて、実は、と話を持ち出したらしい。
 客だと呼び出されて話を聞いたところ、よくある話だた。本当の依頼主は妻子あるやんごとなきある男。かつてその男と愛人関係にあた女を始末してほしい、別れた後も何かとせびられるし、愛人の存在に気付いた妻がたいそう腹を立てているから、と。
 痴情のもつれは、彼にはどうでもいいことだた。仕事がきたらこなすだけ。暗殺業以外に日々の糧を得る術を知らない彼は、ある日の真夜中、標的の家に忍び込み、か細い女の体に刃を突き立てた。
 自分が忍び込んだ痕跡を消し、かつて貴人の愛人をしていた女が住んでいるとは思えない粗末な家を出ようとしたとき、その娘と目が合た。
 一目で、標的だた女の娘だとわかた。目の色は同じで、顔立ちがよく似ていた。五歳かそこらだろうか。物陰から一部始終を見ていたのだろうが、不気味なほど落ち着いていた。母の遺体のそばに立て、彼をじと見ていたのだ。連れていけ、と言いたげに。
 自分の生業が、まともな人間のやることでないのは重々承知していた。だが他に生きる方法を知らない彼は、生きていくために警衛兵に捕まるわけにはいかなかた。何のために生きているのかその理由はわからないが、ともかく、今の生き方を変えるつもりは当分なく、そのためには仕事の現場に彼がいた証拠を残すことはできない。
 娘は、彼がその母を殺すところを見ていた。標的以外殺さないことにしているが、目撃者は例外である。年端のいかない子供であろうとも、それが重要な証人となるのならばなおさら。
 だが、彼は娘の手を取た。たかだか五歳かそこらの娘の圧力に逆らえなかた。
 育てば美しくなるであろう容貌以外、ふつうの娘と変わらないように見えた。出会た夜に放ていた雰囲気は嘘のように消え、無邪気な子供そのものだた。かと思えば、あの夜と同じような、とても子供と思えない雰囲気をまとう。三十路に手が届こうとしている彼は、しばしばその雰囲気に圧倒された。
 十にもならぬ子供に気圧されるなど情けない。
 だが、どういう時に娘の雰囲気ががらりと変わるのか、彼にはどうしてもわからない。ただ、原因は彼にあるらしい。
 連れ帰て十年以上の時を経て、娘は思ていた通りに美しく育ち、幼い身には不釣り合いだたあの雰囲気がよくなじむようになていた。
 子供の頃もしばしば雰囲気が変わていた理由を尋ねると、あなたのせいよ、と娘は口元にかすかな笑みを浮かべるだけだた。
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