おばと迷路とボク
「迷路には必ず入口と出口がある。なぜなら迷路は迷うだけで路(みち)であることには変わらないからだ。目的地に行き着かない路は路ではない。だから出口という目的地に行き着かない迷路は迷路ではない」
そんなことを小学生のボクに、自分の作
った迷路をやらせながら言い聞かすおばは、大学でゲージュツというのをやっているらしい。
「でもこの迷路、ぜんぜん出口にいけないよ」
「答えはふたつ考えられる。まだキミが迷路に迷っているか、これが迷路でないかだ。どちらだと思う?」
ボクが文句を言うとおばはメガネの奥の目を光らせて、ボクの顔をじっと見ながら言った。おばはキレイな人で、年もお母さんよりボクに近いくらいだったから、ボクはこうやって顔を近づけられると、いつもどぎまぎしてしまう。お母さんの妹だからおばと呼んでいるけれど、ボクには大きいお姉さんがいるみたいに感じられた。このおばが家に遊びにやってくるのを、ボクはいつも楽しみに待っていた。
「迷路じゃなかったら、これなんなの?」
「さて、なんだろうか?」
ふふふと笑いながら、おばがメガネの鼻の部分を指で押し上げる。おばがそうやってメガネを直すときは、いつも楽しそうな顔をしている。ボクはそんなおばの顔が好きだった。
「出口のない迷路だとしたら、キミはこれをどう思う?」
おばはボクをキミと呼ぶ。ボクの名前はキミじゃない。けれどボクはおばにそう呼ばれるのも、なにか特別なものにでもなった感じがしてきらいじゃなかった。
「迷ってるだけだよ」
「エクセレント」
おばの白くてながい指がボクの顔を指さす。つやつやのおばの爪は宝石みたいにきらきらに光って見えた。
「その迷路みたいなものは、迷うためだけに存在するものだ。だから出口は必要ない」
うれしそうにそう話すおばの言葉は、ボクにはまだよくわからない。
「それは迷いたいときに、好きなだけ迷えるために存在するものなんだよ。なんにでも出口があって、迷いは必ず解決しなきゃいけないだなんて、そんな迷いのない考え方は迷いに矛盾してるし、だいたいとっても窮屈だろ?」
けれどボクは、とりあえずおばともっとこうしていたいので、出口のない迷路のなかをずっとずっと迷いつづけた。