第36回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
 1  6  7 «〔 作品8 〕» 9 
真白な羽根のリリイ
みお
投稿時刻 : 2016.12.10 23:44 最終更新 : 2016.12.10 23:52
字数 : 2606
5
投票しない
更新履歴
- 2016/12/10 23:52:45
- 2016/12/10 23:51:57
- 2016/12/10 23:44:44
真白な羽根のリリイ
みお


少女は生まれたその日から、背に真白な羽根を持ていました。
 ある人はいいました。「神だ」
 ある人は叫びました。「悪魔だ」

 少女は時に崇められ、時に殴られ、時に閉じ込められ、時に迫害されました。
 ある時より、保護という名のもとに、教会の隣にある高い塔へ少女は閉じ込められるようになりました。
 人間は皆、少女のことを恐れたのです。

 ……いえ。ただ一人、とある少年だけは別でした。
 彼は貧しい家に生まれ、郵便配達人で一家を支えていた少年です。
 ある日、彼は少女の羽根を拾いました。
 それは少女のほんの、出来心でした。
 少しだけ開いた小さな窓から一枚二枚、落とした羽根を少年にプレゼントしたのです。その羽根は、売れば1シリングにはなたからです。
 少年は御礼に、少女へ手を振りました。
 手には季節の花を持ち、大きく大きく振りました。手を振るたびに、遠目にも分かる彼のグリーンの瞳が朝日を受けて輝くのが見えました。
 そのたび、少女は窓に顔を押しつけて、少年の顔と花をじと見つめるのです。
 そのおかげで少女は今の季節を知ることができました。花の色を知ることができました。

 ところで少女には羽根以外にも、もう一つだけ、人と異なる力を持ていました。
 それは絵から物を作り出す能力です。

 少女が真白な紙に描き出す線は、瞬く間に形と命を持て動き出すのです。しかしそれは誰にも秘密です。羽根を持つ以上にこれは危険な能力でした。

 どうやら少女は怪しい能力を持つらしい……と、知た大人たちは少女をますます酷く監禁します。
 少年も同罪とみなされたのか、ある時から突然、姿を消しました。
 少女は季節を知ることができなくなりました。
 そして少女はある日、少年が死んだ。と聞かされます。
 少女の絶望のはじまりでした。

 その翌日、彼女は部屋の床に真白なチクで気紛れに絵を描き始めました。
 それはただの落書きのようでした。落書きにも満たない、悪戯書きのようなものでした。
 当時彼女は、それをただの暇潰しのように始めたものですから、彼女を監禁する人達だれひとり、地面にひかれた線の意味に気がつかなかたのです。

 人々が気がついたときにはもう、彼女の姿は部屋から跡形もなく消えた後でした。
 彼女は床に、複雑怪奇な迷路を描いたのでした。
 その迷路はまるで生き物のように、彼女が監禁されていた塔の地下深く、どこまでも深く深く繋がて、そしてその中に彼女は閉じこもてしまたのです。

 それが、地下の迷宮に今も住むという不思議の魔女のはじまりのはじまり。
 

「所詮、物語なんて紐解いてみればこんなものですよ」
 少女は……かつては少女だたその老婆はそういて、目前にたつ少年に向かて微笑む。
「がかりしたでしう。秘密の迷宮に今でも潜む羽根を持つ少女? 美しい神? 綺麗なおとぎ話ね。でも残念。羽根はね、私の養父が作たのよ」
 老婆は自分の手を見つめた。かつてはつやつやと輝いたその掌も、長年の地下暮らしですかりと萎びてしまた。
 自慢の赤髪も白く、顔だてすかり老いた。時は残酷にも流れたのだ。
「養父は見世物小屋のオーナーたの。生まれてすぐに棄てられていた私の背に、鶏の骨で作た羽根の骨格をねじ込んで、そこに鳥の羽根を毎日毎日、糊でくつけたの」
 女は壁に付けられた蝋燭に火を灯すと、体に巻き付けていたシルを取り外す。
「骨はいまでも、ここにある。私の骨とくついて、もう取れないの。もちろん、もう羽根を付けるような真似はしないけど」
 剥き出しの老いた背には、醜い骨の残骸があるはずだ。しかし少年は驚くこともない。
 長い旅をしたのだろう。冒険の末、ぼろぼろになた体で、少年はじと女を見ている。

 羽根を持つ少女が作り出した夢幻迷宮という響きに惹かれて、多くの冒険者がこの迷宮へやてきた。
 まず大抵は皆、途中で諦める。もし仮に、攻略されそうになても、女が絵を描けば迷路の道は無限に増えるのだ。だから、誰も辿り着けない。かつて女を閉じ込めた大人達も、誰も辿り着けなかた。
 しかしこの少年はなんと奥まで辿りついた。
 彼がノブを回して扉をあけて「はじめまして」と、頭を下げた時、彼女はひどく驚いたものである。
 まさに奇跡だ。
 久しぶりに見る人の姿に女は歓喜したが、しかしそれだけだ。

 その少年の姿は遙か昔、窓の隙間から覗き見た郵便配達人の彼に似ている気もする。
 ただ、そんな気がするだけだ。あれからもう50年は経た。もし仮に彼が生きていたとしても、すかり老人になているはずである。
 女は味のしない紅茶をすすり、笑う。
 馬鹿な話だ。あの少年に、もう一度会いたいだなんて。

「ただ、絵を実体化できる能力は本当。だから迷路を増やしたの。物語はもうお仕舞い。あなたももう、お帰りなさい。ここにあるのは、汚い骨を持つお婆さんと、あとは無限の地下迷宮だけよ」
……君の名はなんというの」
「人からは悪魔とも神とも」
「違うよ」
 少年は帽子を取て、背を伸ばす。そしてポケトに手を突込む。
「本当の君の名前だよ」
「名前なんて……
 女は戸惑う。名など、いつからか意味がなくなた。皆、神に悪魔と呼ぶからである。しかしかつて、名前を持ていたはずだ。その名前を、女は思い出せない。
「名前なんて意味の無い……
「おかしいな。いつか、君は教えてくれたじないか。小さな窓に顔を押しつけて」
 少年は、ポケトから真白な、花を取り出す。
……リリイ」
 そしてそれを彼は大きく振たのだ。
「百合の名前だよ。リリイ。だから僕は百合がすごく好きになた」
 その手の動きを、表情の動きを、彼女は、リリイは、知ている。
……あなたは」
 

 あまりのことに、崩れかけたリリイの体を、少年の手が受け止めました。
 彼が触れたその先から、リリイの体が音を立てて変わていきます。
 皺だらけだた掌は真白に、真白だた髪の毛は美しい赤毛に。
 くすんだ青の目は、美しい、空の青に。
「僕も秘密の力を持ているんだ」
 少年はいかにも大事な事を打ち明けるように、少女の耳に囁きます。
「時を、操れるんだ」
 少年のグリーンの瞳に映るリリイの顔は、老婆ではありません。かつての、美しい天使のリリイ。
「ようやく会えたね、リリイ」
 少年の手が少女を抱きしめた時、迷路が崩れる音が聞こえました。壁に大きな穴が開き、光が漏れます。日差しが見えます。
 それは、二人の旅立ちを祝福するように、泡立つような光の渦でした。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない