てきすとぽい
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第36回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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赤い迷路の冒険者
(
みお
)
投稿時刻 : 2016.12.10 23:54
字数 : 2333
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赤い迷路の冒険者
みお
少年は生まれたその日から不幸でした。
親はいいました。「お前は一生私達の奴隷とな
っ
て働くのだよ」
教師はさげすみました。「ご両親からの学費が打ち切られた。もう学校へは来ないように」
少年には多くの弟妹がありました。時に弟妹の面倒をみて、時に盗みまでして、家計を支え続けたのです。
しかし両親は大酒飲みの暴れん坊。少年は郵便配達員をすることで、何とか日々をやり過ごしていたのです。
ところで少年には、一つだけ秘密がありました。それは、時を操ることのできる能力です。
とい
っ
ても、彼ができることといえば、時をほんのすこし止めること。それと、触れた相手の時を戻してやることくらい。
配達が間に合わない時にほんの少しズルをする以外、彼はこの能力を秘密にしていました。もし見つかれば、き
っ
と強欲な両親に、見世物小屋へ売られてしまうでし
ょ
う。
少年はある日、大きな塔のある教会で一枚の美しい羽根を拾いました。
何気なく拾い上げたところ、通りすがりの老人に「それは天使様の羽根だ」と拝まれました。
聞けば、この塔には美しい天使の少女が捕らえられているのだそうです。
彼女を悪魔と呼ぶ集団もあれば、神と呼ぶ集団もあり、彼女はただただ塔に閉じ込められているというのです。
そして老人は少年に拝みます。あの少女は神だ。この羽根を1シリングで売
っ
ておくれ。
風邪を引いた弟のため、リンゴを買うのにどうしてもお金が必要だ
っ
た少年は、羽根を1シリングで売りました。
それから、何と言うことでし
ょ
う。羽根は毎日、塔の下に落ちています。それも少年が通るのを見計ら
っ
て、落ちてくるのです。
見上げれば小さな窓の向こう、美しい少女の顔が見えました。
驚くほどに美しい青の瞳の少女です。赤髪がつやつやと輝く、美しい少女です。
背には大きな羽根があるようです。少女は微笑んで、羽根を落とします。
少年はそれを売ることで、親に殴られずに済む生活を得ることができました。
少女が何のつもりで少年に施しをするのか、少年には全くも
っ
て理由が分かりません。しかしせめてもの御礼に、少年は季節ごとの花を教会に届けることとしました。
しかし教会は、そんな少女などしらない。と突
っ
ぱねます。
危うく自警団を呼ばれかけた少年は、それ以降、花を届けることを諦めました。
その代わり、少女に花を見せることにしたのです。
窓の見える場所で大きく大きく花を持
っ
て、振るのです。少女はそれを見ると、目を輝かせました。微笑みました。少年は、いつか少女のことが好きにな
っ
ていました。
ある日、少女は窓に口を押しつけて、動かします。最初は何を言
っ
ているのか全く分からなか
っ
た少年ですが、数回見る内に、ようやくその意味を理解します。
「リリイ」
少女はそう言
っ
たのです。それは、彼女の名前でした。
ある日、少年は突然男に殴られて川に棄てられました。
時を止める力がなければ、き
っ
と川の底に沈んでいたでし
ょ
う。それでもしばらく意識を失
っ
ていた少年が目覚めたのは、深夜。
き
っ
とリリイが危うい目にあ
っ
ているに違い無い。嫌な予感がします。少年は慌てて教会に駆け戻ります。
しかしリリイがいつも顔を覗かせていた窓は、赤い布で包まれて人の気配もしません。教会に掛け合
っ
ても何も教えてくれません。
両親はそんな少年を殴り付け、早く金を稼いでこいと急かします。
嘆く少年に声をかけてきたのは、かつての老人でした。
彼は「天使様は、迷路の奥へ迷い込まれてしま
っ
た」と呟きました。
リリイには少年と同じく不思議な力がありました。それは絵です。彼女の描いた絵は、まるで生き物のように実体化するのです。
彼女は部屋の中に、迷路を描いたのだ。と、老人は嘆きました。
真
っ
白なチ
ョ
ー
クで描かれた迷路は、大人達が見つけた頃にはなぜか赤く染ま
っ
ていたそうです。それは彼女の嘆きの色でした。
そして、絵の中に描かれた迷路の奥、ここではない世界へ。彼女は閉じこも
っ
てしま
っ
たのです。
少年は、絶望しました。そして決意しました。
そして、彼は自分自身の時を止めたのです。
何年かけても少女を見つけ出す。そのために、彼は自分の時を、止めたのです。
「これは酷い迷路だ」
少年は額に浮かぶ汗を拭
っ
て目の前に連なる岩山を見る。
「君がどれだけ絶望していたのか、よくわかるよ。リリイ」
山があり谷があり、岩が転がり、時に落とし穴もある。迷路というよりも迷宮だ。そして空の色は常に変わらず、赤。夕暮れの赤だ。世界は全て、赤に沈んでいる。
少年がここに入り込んでもう何十年の時が経
っ
た。途中で多くの死体もみた。同じように迷い込んで抜け出せなくな
っ
た大人達だ。
しかし少年だけは年を取らない。心が折れなければいくらでも戦える。
実際、彼が知るリリイは窓の向こうにちらりと見えたその顔だけである。しかし、その顔だけで表情だけで、この冒険の価値はあ
っ
た。
少年は岩山で傷ついた掌を舐めて、そしてがむし
ゃ
らに登りはじめた。
「いつか、必ず」
迷路は日々変わ
っ
ている。それはリリイが書き足しているのだろう。外からの侵入者を頑なに拒んでいるのだろう。
それは絶望故の行動だ。
少年もまた絶望した。絶望したために、彼は行動を起こした。
「君を元の世界に連れて行く。そして一緒に、年を取るんだ。リリイ」
足下に絡む草を蹴り、川を越え、泥を踏み抜き、そして。
「君のために、僕の時間は止めておいたのだ。君と出会うまで、僕の時は動かないのだから」
少年はやがて、小さな扉を見つけます。
ちくたくちくたく。時の流れる音がします。
「はじめまして」
少年は震える手でノブを回し、帽子を取
っ
て、恭しく頭を下げます。
明るい部屋の中、一人の美しい老婆が、驚いた顔をして振り返ります。
自分の中の時間が動き出す音を、確かに少年は聞きました。
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