第36回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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時間が来たよ。
大沢愛
投稿時刻 : 2016.12.10 23:33
字数 : 505
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時間が来たよ。
大沢愛


 時間が来たよ、という声がした。
 うん、とぼくは答える。

 そろそろなんだ。ここにいられるのも。
 ずいぶん苦しかたのに、いつの間にかからだは痛みを感じなくなていた。
 目の前に、女のひとと男のひとが、涙を流しながらなにか叫んでいる。
 おかあさんと、おとうさん。
 ぼくはもう、ここにはいられないんだ。
 ごめんね。でも、きとまた新しい家族が生まれるよ。
 こんどはとても可愛い女の子だよ。
 おかあさんの子どものころにそくりなきれいな髪で
 おとうさんの子どものころみたいに優しい、そんな子だよ。
 ぼくは行かなきならない。
 どこかでまた、ぼくの時間が始まる。
 きと、長く続く時間。
 いやになてしまうこともある、そんな時間。
 でもね、ここでいに過ごしたちぽけな時間は
 ほんのささやかだけれど
 夜空に目を凝らしてようやく見える針の先みたいな星と同じ
 つめたいけれど澄んだ輝きを持ち続けるから。
 その輝きの彼方で待ているから。
 だから悲しまないで。
 生まれてくるぼくのいもうとを
 一片の曇りもなく抱き締めてあげられるように
 こころを縮こまらせないで。

 時間が来たよ、という声がした。
 ぼくはうなずく。
 ふたりの涙が、ぼくの涙ととけあ
 もうなんにも見えない。
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