告白
夕暮れ時、たそがれる通学路でもじもじと向かい合う一組の少年少女がいる。そのふたりを一つ手前の曲がり角に立つ電柱の後ろから見つめる怪しい男の影がある。おれだ。
うららかな春の一日も終盤に近づいている。
おれは今日こそ、今日こそ、今日こそナナキに愛の告白をしようと決意した。したのだ!
……だがナナキのクラスメイトのミズオに一歩先んじられてしま
ったようなのだ。どうしたことだ、ミズオとナナキが顔を赤らめあって互いに見つめ合っているではないか……俺たち付き合わね? あっ、待って、返事はまだ待ってくれ。うん、ナナキには例の幼馴染がいるっていうの分かってるんだ、俺。急にゴメンな。うん。返事はあとからで良いから。じゃあ、また明日。明日また学校で……だと? ミズオ、おまえというヤツはっ……つまり、ここはそのような場面なのだ。今日という決意の日になんたる悲劇! だがおれは、今日のおれは決意したのだ。おれはナナキに告白する。たとえ何があったとしても……これから何があろうとも! 意を決して、電柱の影から飛び出す。地平にかかる夕日よ、天を駆ける蝙蝠よ、ササナカ・タイシの雄姿を御覧じろ!
「ナナキ!」
呼びかけるとナナキが驚いて振り返った。
「えっ、あっ、タイシくん?」
「そうだ。おれだ!」
困惑顔も愛しいぞ! だがいまはナナキの表情の変化を愛でている場合ではないのだ。おれの気迫に察するものがあったのか、ナナキがこわばった顔を向けてくる。なかなか勘が鋭いじゃないか、ナナキよ。だがおれは負けん!
「ナナキ……」
ナナキの肩を掴んで見つめ合う。ああ、つかみきれるくらいの華奢な骨格までも愛しいぞ!
「ど、どうしたの、タイシくん」
「ナナキ! おれ、おれはっ……!」
鎮まれおれの心臓! 言うだけだ、ひとこと言うだけなんだ! 簡単だろうササナカ・タイシ! ナナキは幼稚園からずっと一緒の幼馴染だ。カワイイ寝小便もカワイイ七五三もカワイイ入学式もカワイイ高校の制服姿も……憎らしいクソ初彼氏も……全部見てきただろう! いまさら、なにを戸惑う? さあ言え、言うんだ、ミズオがナナキを奪い去る前に!
「ナナキ! おれっ……! おれはっ!」
言え! 言えったら! ここで伝えなくてどうする? あのクソ初彼氏はナナキの良いところにちっとも気がつきやしないで別れやがったが、これから先、ナナキの出会う男がみんな見る目のないバカばかりとは限らんのだ。だからおれが……ナナキ……おれがナナキを……!
「タイシくん」
う、な、な、ナナキの顔が赤いぞ……眼もウルウルしてるぞ……こんなの聞いてない……! こんなっ……いや、おれは、煩悩を振り切るんだ! おれは真心をナナキに捧げるんだ! 誠心誠意を伝えるんだ、さあ、言え、十五年間の、とっておきの気持ちをぶつけるんだ! さあ!
「おれ、おまえの、ことが……」言え! 言えよ!「おまえの……ことがっ……ちくしょおおおおお!」
おれは逃げた。
ナナキが泣いていたのだ。
あの涙は致命の刃だ、逆らえるものか。夕日よ蝙蝠よ、おれを嗤うがいい……。いや、違う。今日のおれは違うだろう! 決意したんだ。何があろうとも、愛の告白をやり遂げる、そう誓ったのだ、夕日と蝙蝠に! 待っていろナナキ、おれはおまえに愛を告げるぞ!……おや、いつの間にか大通りまで来ていたか……む? あの建物……これは折よく……天の采配だ! お邪魔します!
「臨時ニュースをお伝えします。本日午後十六時四十五分ごろ、福岡県古賀市のうわっちょっとちょっとなんなんですか、ちょっと、ちょっとディレクター! なんか変な子がスタジオに! いま生放送中なんですよ! ちょっとやめてくださいよ、カメラさんこのヒトちょっと追い出して、手伝って、あ、ちょっとホントだめだってやめて、やめて! あっマイク……ガガッ……ピーガガッ……」
えー、ごほんごほん。これマイク入ってるのか? ん? ンン? うん。よし。言うぞ。おれはっ! 言うんだ! 言うからなっ!
おれ……おれはっ! 臨時ニュースを伝えたいっ。あふれだす想いを伝えたいっ!
ナナキ!
フクウラ・ナナキ!
県立第四高校、一年四組出席番号三十一番フクウラ・ナナキ!
おれは! ナナキがっ……!
ナナキのことが……!
ナナキのことがっ!
ナナキの、こと、があっ!
すっ
(砂嵐)