第37回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動5周年記念〉
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投稿時刻 : 2017.02.18 23:39
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ラジオ
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 二〇歳になた今でも、自分の気持ちを口に出すのが、本当は苦手だ。
 友人らは、私がおしべり上手だと思ている。だから、そう言うとたいてい、冗談だろうと一笑に付す。他人からそんな風に評価されていることに納得している。確かに、私は言葉を話すのが不得意ではないかのように、振る舞うことができる。それは毎晩のように、翌日、人前でどんなことを話すのか入念に計画を立て、練りこみ、用意して、それを口にしているからなのだ。
 心にもないことを発話するのは、とても楽だ。他人に好かれるようなパターンを脳内でシミレーンして、そのように言えばいいだけなのだから。ずとそうやて生きてきたから、なおさら、自分の本当の気持ちを言葉に表現するのが苦手だ。
 心を言葉で表すのは、ラジオのチニングをするのに似ている。自分の胸の内を漂う、目に見えない、実体のないなにかを、声帯や唇を震わせながら、カチリと波長が合う瞬間を探る。
 ずともやもやとして繋がらない二つが、ある時突然、何の前触れもなくぴたりと合てしまうことがある。
 脳内に降りてきた言葉が、自分でも驚くほど、しくりときて、そして、それが怖くなて、私は慌てて音量を限界まで絞る。自分の心を正確に表した言葉を他の誰かに聞かせるのは恐ろしい。そして、ぴたりと合たチニングを掻きまわして、二度とそれを口にはしない。ノイズだらけの音声は私にとて心地が良い。

 タケシタくんはラジオのチニングをしていた。
 小学六年生のとき、私は学級委員で、彼はクラスの隅こでいつも一人でいる口数の少ない子だた。猫背で、小さな背中をしていて、黒縁のやぼたい眼鏡をかけていた。
 私たちは科学部だた。私は顧問をやていた担任の教諭に頼まれて入部し、タケシタくんは理科が好きだから希望して入部した。担任は私に期待をかけクラブ発表会での代表に選んだ。タケシタくんのことは無視していた。
 タケシタくんの方が、理科が好きで、詳しかたけれど、私もまた彼のことを無視していた。

 秋口の少し肌寒い時期だた。
 彼は放課後、教室の隅で、ラジオを作ていた。
 何をしているのか最初はわからなかた。いつも放課後、教室に残て机の上で機械をいじている。私は女友達とおしべりをしたり、教室のオルガンを弾いて遊んだりしていた。
 ある日、完成したらしい彼の自作ラジオから、音声が聞こえてきた。ノイズ交じりの不可解な音に、私たちは猫ふんじたの演奏を止めてそちらに目をやた。
「タケシタ、何やてんの」
 女子の一人が興味本位で声をかけた。私たちは教卓の前のオルガンを囲んでいて、彼はその対角線上の、一番離れた席に座ていた。
 彼は口下手だた。普段会話をしたことのない女子に突然話しかけられて、硬くなてうつむいた。教室の中がしんとなて、ノイズ交じりのラジオの音がよく響いた。それは、私たちには理解のできない外国語だた。この地域は時折、天気のいい日に海の向こうの電波を偶然受信できてしまうことがあた。奇妙な沈黙の中響き渡るノイズ交じりの聞きなじみのない言語は不気味に思えた。
「きも」
 誰かがぽつりとつぶやいた。
 その瞬間、コプの水があふれるみたいに、こらえていたものが零れるみたいに、女子たちのちとした悪意が空間に広がた。
 くすくす、と笑い声が起きた。
 タケシタくんが慌てたように、机の上のものをかき集めて、ランドセルに突込んで、教室を飛び出した。

 それから数日後、私は彼がまだラジオと格闘していることを偶然知た。
 担任に頼まれて昼休みに備品を取りに理科準備室へ行くと、彼がこそりとそこで作業をしていたのだた。
 黒縁に囲まれた腫れぼたい目が驚いたように見開かれて、こちを凝視していた。私も驚いたが、一呼吸おいて、冷静さを取り戻していた。
 あの、女子たちが彼をくすくすと笑た日の夜から、もしもこういう状況になたら、彼に言おうと決めていた言葉があた。
「タケシタくん」
 彼はさらに驚いたように、顔をこわばらせた。
 私は努めて優し気な声音を作たつもりで、言た。
「ラジオ作れるなんて、すごいねえ」
 彼はしばらく、何も言わずに、固まていた。この前の放課後と違うのは、彼がうつむいていない点だた。私は彼の反応を待た。女子たちが彼をきもいと言て笑たのを、フローしたのだから、好意的な反応が来てしかるべきだと、幼い私は思ていた。
 ラジオからは歌謡曲が流れていた。歌手の名前も曲の名前も知らない。両親が好きそうな昔の曲だ。この前の外国語のラジオよりもずとノイズが少なくはきりとした音声だた。
 もう何十秒待ただろうか。もう彼は何も口にする気はないのかもしれない。そう思て、私はその場を去ろうとした、その時だた。
 彼の唇が動いた。
「でも、山田さんも」
 女子と同じぐらい高い男の子の声が、ますぐ私に届いた。
「俺のこと、きもいと思ているでしう」
 どうしてだろう。その時、私がその言葉に、そんなことないよ、と言て笑て誤魔化せなかた理由を、未だに私は言語化できない。鈍器で胸を殴られたような衝撃だた。射るような視線でこちらを見つめられ、私はひどくたじろいだ。
 今度は、何も言えずに沈黙したのは私の方だた。息がつまりそうになりながら、どうしようもなくなて、彼を見つめ返した。
 歌謡曲が終わりに近づいていた。陽気なメーンフレーズがリフレインしながら、徐々にフドアウトしていく。
 それがぷつりと切れ、ほんの一秒、完全な無音に包まれた。そしてすぐにそれは壊れた。
「ここで、臨時ニスをお伝えします」
 男性アナウンサーの声が狭い部屋に響いた瞬間、私は弾かれたように彼に背を向けて走りだした。
 内履きズクとリノリウムの廊下の擦れる音がやたらに耳に着いた。

 タケシタくんはラジオのチニングをしていた。
 口下手なのに、私の心をえぐるのに極めて的確な言葉を選び抜いて私にぶつけた。
 あの時のことを思い出すと未だに胸が押しつぶされる。
 その気持ちを、その理由を、正確に表す言葉を私は見つけていない。
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