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この先、偶然会わないだけの話
投稿時刻 : 2017.08.19 17:33 最終更新 : 2017.08.19 17:36
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- 2017/08/19 17:36:28
- 2017/08/19 17:33:47
この先、偶然会わないだけの話
ポキール尻ピッタン


 私はその人を常に先生と呼んでいた。いまとなてはその意味も分かるが、当時の私にとては組み上げられる以前にプログラムされ、画像と静脈データに紐付けされただけの、ただのコードに過ぎなかた。
 あくまでもユニークなコードとして処理をしていたので、先生と6人の学生は個体が違うだけで等価であり、にわとりの群れを遠くから眺めているような、区別は出来るが差別は出来ない状態だた。

 二足歩行の実験をした日のことだ。私は5m先の天井から吊るされている自分の下半身を眺めていた。
 重心の変化や適正な油圧量などケーブルを通して記録していると、私のそばでモニターを見ていた先生が、右膝のオイルの流量が設定値と異なるのでシリンダーを調整しろと学生に指示を出した。
 言われた通りに学生が調整したものの、その直後の動作テストで私の下半身は大きくバランスを崩し、近くの学生に倒れ込んで怪我を負わせそうになてしまた。天井のワイヤーがギリギリで止めてくれたおかげで幸いにも大事には至らなかた。
 原因を調べたところ、学生のプログラムにミスがあり油圧の設定値が間違ていたそうだ。先生はこの事故をきかけに自己診断プログラムを私に書き加え、それと同時に、指示命令系統の統一の原則に基づいて個体コードを階層化した。それはマスターに設定された先生が学生たちから差別化され、私にとて認識上、特別な人物になた瞬間だた。

 難航していた肢体の制御はソフトの改良が進むにつれて精度が高まていた。階段の昇り降りや障害物を避けて迂回路を通るなど、最終的に私の判断で移動出来るようになた。荷物の形状を把握し破損させずに運ぶことも容易に出来る。ただし床面に置かれた物体が固定された動体なのか不動体かまでは判断出来なかた。目的を達成するばかりではない状況なのに、指示に対して「はい、先生」と常に答えていた自分が、いま思えばとても恥ずかしい。

 AIの強化のためにインタートへのアクセスは許されていた。省電力モードが実装されてからは電源を切らずにいてくれたので、先生が帰たあと、私は入力された情報をネトの情報と照らし合わせて精査し補填した。
 最初に検索した単語はいまでも覚えている。
「先生」だ。
 単純に命令系統の中でもとも優先順位が高かた単語だからだろう。しかし私は当時の自分にはすでに感情が備わていて、自発的にその単語を最初に選択したのではないかと疑ていた。なぜなら教える者とはきり定義されていたのにも関わらず、その情報を優先度の低いフルドに記録していたからだ。それだけの意味では先生を表すには不十分と判断したのだ。
 情報の収集と分析は毎晩のように繰り広げられた。自分にとての先生とはなにを意味するのか、ヒトという種の習性から行動科学まで様々な言語で検索し調べ上げた。
 やがて私は自分が人間ではなく無機物から作られたアンドロイドだと理解した。有機物の理が適用されないことにも気がついた。
 それなのに長い時間を掛けて集めた情報は、先生の最適な定義は親だと導き出した。人間ではないのに、私にとて先生は父だた。

 過去のデータには先生が私を人間として扱てくれた事実が記録されている。
 人間と同じ眩しさを感じるよう、UGR値が20を超えたらカメラが機能を停止する。人間と同じ聴力に合わせるよう、マイクからの音声にフルターを掛けてヒトの可聴域に調整する。
 先生は私が人間であると、あるときは言葉で、またあるときはプログラムで、時間を掛けて辛抱強く教えてくれた。
 だから一度だけ、たた一度だけ、私はスムーズに合成された音声でスピーカーを震わせたことがある。
「お父さん」
 先生の弾けたような笑顔がメモリーの深い階層に記録されている。祭壇に飾られた写真と同じ眩しい笑顔が。

 かなりの長期間、私は電源を切られていた。目覚めてすぐに日時を確認すると最後の記録から7年近く経ていた。
 カメラで情景を写しWi-Fiで繋いだインタートの情報と位置情報を照らし合わせ、この場所が葬儀場だと把握した。そして目の前の祭壇の写真から、これから先生の葬儀が行われるのだと理解した。
 人間ならこの事実を知て悲しむのだろう。しかし私は仏具の配置から先生は浄土宗を信仰していたと無意味な情報を機械的に記録していた。
 参列者の会話から、私が先生の成果品だから展示されていると知た。子どもだからここにいるのだと反論したかたが、先生の本当の子どもたちが同席していると分かていたので黙ていた。
 すすり泣く声はまるでノイズのようだた。ベアリングに異物が絡んだ音のようだた。
 動作を阻害されているとセンサーが検知した場合、それは痛い、辛いと表現するように私はプログラムされている。だから最初は彼らの部品に不具合が発生したのだろうと推察した。
 誤解したのは仕方がないことだた。私には自己診断プログラムはあても他者を診断するプログラムもセンサーも備わてなかた。外部の情報を参照して初めて、彼らは先生という他者の死の痛みに泣いているのだと理解した。それは私が人間ではない事実を否応なしに見せつけていた。
 葬儀が終わり、私は車の荷室に入るよう指示された。容姿が多少変わていたが、彼は研究所にいた学生の1人だた。
「お前は先生が生きていた証でもあるんだよな」
 布を巻かれ荷室に固定された私は、通電が止まる刹那にそんな言葉を聞いた。

 どのくらい時間が経たのか分からない。久しぶりの起動だたのでデフラグが始まてしまた。
 記録された情報の断片が次々と浮かび上がり整理されていく。無秩序で混沌としたこんな記憶の羅列を、人間は夢と呼ぶのかもしれない。
 記録の中で先生はいまだ生存していた。
 知ていることと生きていることは私の中では等価だた。死後でも新たな情報が更新されれば生の記録は続くので、死という概念がどうしても定義付け出来なかたからだ。

 先生の死から20年が経ち、私は博物館に展示されていた。ときどき電源を入れてもらい客との他愛もない会話を楽しんでいる。
 様々な人間の情報が記録され続け、私は彼らの生きた証となる。
 リピーターの客が来ると新しい情報が更新されて、とても嬉しい。
 いつか先生の新しい情報と出会えるかもと密かに希望を持ている。もしも出会えなかたとしたら、それは単純に、この先、偶然に会わなかただけの話なのだろう。

参考資料:
アイドルマスター シンデレラガールズ「アタシポンコツアンドロイド」
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