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聖夜の借金取り
(
浅黄幻影
)
投稿時刻 : 2017.08.20 13:46
最終更新 : 2017.08.20 13:47
字数 : 2145
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2017/08/20 13:47:00
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2017/08/20 13:46:10
聖夜の借金取り
浅黄幻影
(3)黒蜥蜴/
江戸川乱歩
この国でも一夜に数千羽の七面鳥がしめられるという、あるクリスマス・イヴの出来事だ。
Aの家にもイヴの夜は訪れていたが、家族に七面鳥を用意などしなか
っ
た。もちろん高価な七面鳥だから仕方ないが、それらしいもの、手の込んだ料理や肉のスー
プ、クリスマスケー
キさえテー
ブルには出されなか
っ
た。
家族の抱えた不満はAに向けられることにな
っ
た。
「あんたも意地が悪いね。クリスマスの夜はみんな家に帰るもんさ。家族水入らずのところに借金取りに行
っ
て自分の家のことはほ
っ
ぽり出してさ!」
意地が悪いと妻に言われたAだが、どんな顔をしてこの貧しい食卓に向か
っ
たものか悩みどころだ
っ
た。
「意地が悪い
っ
てのも仕方ない。こ
っ
ちはおまえらのために意地を悪くして借金取りしてるんだ」
そう言
っ
て集合住宅の一部屋から飛び出して、小雪の舞うなかへ出てい
っ
た。気持ちなど、いい訳もない。コー
トの襟を立て、ポケ
ッ
トに手を突
っ
込んで歩くその姿には野良猫さえ怯えるほどだ
っ
た。
表通りまで出ると、手帳を片手に開いてみて、誰のところに催促に行くか考えた。
――
ちくし
ょ
う、このあたりにいるやつはそろ
っ
て期待が薄いのばかりだ。おまけに雪まで降
っ
てきだした。ホワイトクリスマスとは小洒落たものだが、俺にはま
っ
たく関係ない。
けれどAは借金取りをやめようとはしなか
っ
た。
一言。
「手ぶらじ
ゃ
あ帰れね
ぇ
……
」
そうつぶやいて、歩き出した。
駅前の繁華街を抜けた。おもち
ゃ
屋は当然、それに続いてスー
パー
や本屋、テー
ラー
、肉屋や魚屋に至るまで、クリスマス一色だ
っ
た。夜の始まりの頃合いだというのに、誰も彼もま
っ
たく商魂がたくましい。
「銭の亡者だな、クリスマス・イヴなんて名目ばかりなくせに」
そしてAは雑居ビルに入
っ
ている知り合いの酒場のドアを開けた。入
っ
てきた客の数人が、睨みを利かせる彼を見た。と同時に、そのうちの一人がギ
ョ
ッ
とした。
「また会
っ
たな。どうだ、酒の味は」
Aが声をかけた相手は、数日前に絶対に払えないと家のドアさえ開けなか
っ
たものだ
っ
た。Aは財布を出せとい
っ
たけれど、やはりこれにも応えなか
っ
た。二人の間で飛び切りの騒ぎが起きそうだと、無関係な客たちは席を離してから好奇の目を寄せてニヤニヤし始めた。
けれど店主が間に入
っ
たので、そうなることはなか
っ
た。Aにはありがたいことに、店主はこちらの見方のようだ
っ
た。
「その人にはツケがだいぶあるからね。財布出してもらうならこ
っ
ちにも分けてもらいたいよ」
ツケも借金もある男はさすがに青くな
っ
たようで、その日の酒代と借金の利息程度はおいて逃げてい
っ
た。
Aは自分の財布から金を出して、一杯飲んだ。
「おや
っ
さん、今日はほかに誰か客を見てないか。クリスマスを楽しく過ごすくらいの余裕のある奴を、さ」
「さあ、どうかな。最近、みんな不景気らしくて、顔を見せない奴も多いよ。Xなんか、特にそうだね。酒をやめた
っ
て噂もあるくらいだ」
手帳を見ると、Xには「ほどほど」の額が貸し出されていた。
――
酒もやめているのなら、いくらか持
っ
ているだろう。
AはXのことを考慮に入れてみようかと思
っ
たが、あまり望みはなか
っ
た。独り身だから、奴の部屋に張り付いているくらいしかできそうになか
っ
たからだ。
家族があれば家を、酒が好きなら酒場を、博打が好きなら賭場を
……
と、誰かしら通りかかりそうなところに網を張
っ
ているのだが、独り身で稼いでいる奴の邪魔をする気はAにはなか
っ
た。稼いでいるのにそこに割
っ
て入るなど! 育ちつつある穂を刈るようなものだ。
Aは今夜はあまり期待しない方がいいかもしれない、と考えを改め始めた。
一つ目の酒場を出て、数軒、同じような店を回
っ
てみた。二人の債務者に会
っ
ていくらか回収してや
っ
たものの、やはり釣果としては今ひとつだ
っ
た。
――
大晦日に向けての大捕物の走りがこれじ
ゃ
あな
……
。除夜の鐘は耳に痛そうだ。
そう思
っ
て首をひね
っ
ていたところで、AはXを見かけた。Xは、丸々と太
っ
た七面鳥
……
ではないけれど、両手でなければ抱えられないほどの大きな菓子店の箱を持
っ
ていた。明らかにクリスマスケー
キだ
っ
た。
「あれだけのケー
キはかなりのものに違いない。ケー
キを取り上げたところで金にはならないが、あいつめ、それだけの金は持
っ
てやがるんだな」
Xの顔にしても、さもクリスマス・イヴだという具合に浮ついているものだから、Aは絶対に逃がしはしないと意を決した。
――
借金取りより借金してる人間の方が幸せ
っ
てのは、許せないからな。
Xは急いでいるらしく、足早に過ぎていくところだ
っ
た。Aはそれを追いかけるのがや
っ
とだ
っ
た。視界から消えるか消えないか、ギリギリのところを、混雑するイヴの夜の街を歩いてい
っ
た。しかしXは自分の家とは反対の方向へ、しかも街の中心からどんどん離れて、寂れた地区へと入
っ
てい
っ
た。
Aは最後に、Xが教会へ入
っ
ていくところを見た。そこは孤児院にもな
っ
ているところだ
っ
た。Aが入
っ
た直後、なかから子どもたちの楽しそうな声が上がり、賑やかにな
っ
た。
遠巻きに様子を見ていたAだけれど、見てさえいないXや子どもたちの姿が頭に浮かんで仕方なか
っ
た。そしてその光景は静かに、Aになけなしの金でケー
キを買
っ
て帰るよう、促した。
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