第40回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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マーブルの想い出
投稿時刻 : 2017.08.19 22:45 最終更新 : 2017.08.20 00:18
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- 2017/08/20 00:18:05
- 2017/08/19 22:50:50
- 2017/08/19 22:45:33
マーブルの想い出
白取よしひと


 ドラフターに向かうハンスは、吐息とともに天井を仰いだ。図面は、マーブル1600だ。ハンナがコーヒーを手渡した。
「疲れているのよ」
 コーヒーを啜り、再び図面を睨んだ。創業以来、ミラーの代表車となているマーブルが、転機を迎えようとしている。
 ミラーは、創業者ステフンが一代で築いた会社だ。彼は大戦後の混乱期から、独身を通して仕事に打ち込んだ。そして自動車界のジイアンツとして育てたのである。その牽引役が、優美な流線型のマーブルだ。彼は、マーブルのボデデザインと水平対向エンジンの組み合わせを頑なに守り通した。旧型となて久しいマーブルの顧客は、極わずかで赤字モデルだ。
「会長が亡くなたら、マーブルもおしまいね」
「ハンナ。会長は何でマーブルに固執したんだろうな」
「そうね…… 恋していたのよ。マーブルにね」

 デセルドルフは荒れていた。ステフン抜きで行われた役員会では、創業家社長のヨハンが退けられ、革新派であるミヒエル副社長の社長就任が決また。
 彼は役員では珍しく技術畑の人間だ。予てから、マーブルの製造停止を訴えていた。

 会社を立て直す。ミヒエルは役員会終了後、ステフンの病院へと急いだ。この決意だけは直接伝えておきたかたのである。
「ミヒか」
 ステフンの声が酸素吸入のマスク越しに聞こえた。
「会長。わたしが社長に指名されました」
「そうか…… それは良かた」
 自分の就任は、彼の甥ヨハンが失脚した事を意味する。
「マーブルの製造を停止します」
「なあ、ミヒ。一番フクトリーのエレナを憶えているか?」
 創業時に使われていた工場だ。その頃、自分は見習い工として油に塗れていた。そんな昔の事など憶えているはずもない。
「愛していたんだよ」
 彼は、傍らの本に手を翳した。1948 Sommer それは日記だた。手に取ると、一枚のモノクロームが零れ落ちた。巻き毛で小柄な少女だ。愛称だろうか。端書にマーブルと書いてある。
 
 プレスフロアには、新社長を待つ記者たちで溢れていた。
「私には、やらなくてはならない仕事がある。マーブルの見直しだ」
 予測通りの発表であたが、どよめきが起こた。
「マーブルの基本デザインは変えず、再びマーブルを世界へ通用する車に復活させる。ミラーは新たな日記を綴り始めるでしう」
 その一言に、古参の社員は涙した。

 そして旅立たステフンは、マーブルと共に笑みを浮かべているに違いない。
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