ファッションの秋!パリコレ小説大賞
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秋のファッショニスタ
投稿時刻 : 2017.12.27 06:16 最終更新 : 2017.12.27 12:38
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秋のファッショニスタ
三和すい


雑誌の発行は早い。「一月号」や「新年号」が書店に並ぶのは、クリスマス商戦が本格化する十二月である。
 その一月号の内容が決まるのは、雑誌が発行される約二月前。編集会議で企画を出し合い、取り上げる企画やページ数、記事の並び順等を決めていく。
 この流れは、月刊『あにまるフン』の編集部においても同じであり、一月号の編集会議は葉が色づき始めた十月に行われようとしていた。 
 

「やはり、来年の流行は犬だね」

 最初に口を開いたのはT氏だた。日本に古くから伝わる「干支」を重んじるT氏は、自らのフンにも干支を取り入れている。
 今年は酉年。つまり、ニワトリである。
 T氏は元旦から様々なニワトリフンを披露してくれた。多彩なバリエーンとはいかなかたが、白をメインに赤と黄の差し色を巧みに使い、またデザインの雰囲気をガラリと変えることで、見る者に驚きと戸惑いを与え続けてきた。
 そのT氏が今着ているのは、ブラウンのダウンジトに白いコーロイの細身のズボン。少し大きめのダウンジトを着ることで上半身に丸みを持たせ、茶色のニワトリを表現しているように見えるが、実はそうではない。
 ダウンジトの色は、まるで粉をまぶして油であげた肉のようである。まずは低温で中まで火が通るまでじくりと揚げてその後に高温で二度揚げをしたような中はジシー外はパリとした唐揚げのような色合いは、見ているだけでもよだれが出てきそうである。
 そう。今T氏が着ているのは、鶏肉の唐揚げフン。
 しかも今年の流行りであるコーロイの白いズボンを履くことで見る者に唐揚げ肉から突き出た骨をイメージさせるという、骨付き唐揚げ肉タイプー通称チプ・バーンだ。
 手羽先や手羽元の肉を骨にそて切り込みを入れてひくり返して揚げたチプタイプの唐揚げは、子供にも人気でパーにはよく出される。これからハロウンやクリスマスなどパーシーズンを迎えるこの時期にはピタリなフンである。
 ある意味ニワトリの最終形態とも言える斬新なデザインだが、年末までにはまだ時間がある。さらに新たな姿で人々を驚かすため、T氏はいろいろと準備を進めているらしい。

「いいえ。猫よ」

 T氏の主張に反論したのはミセス・ミワ。
 少し肌寒くなてきたせいか、今日の彼女はニトワンピースを着ていた。白ぽい薄茶色と明るい茶色、そして焦げ茶色の三色で構成された細いボーダー柄は、彼女が飼ている猫の柄にそくりである。足にはいたタイツとスニーカーもワンピースと同じ三色のボーダー柄で、そこに黒のフイクフを部分的につけることで、今年の流行を取り入れると同時に、脚に黒い毛が混じる飼い猫の柄を忠実に再現している。
 飼い猫への愛情が深いミセス・ミワが猫を推すのは当然のことであた。
「確かに、その年の干支が注目を集めることは毎年あるわ。けど、それは年末年始に限た話。二月になれば、みんな今年の干支が何か気にも止めないわ。一年を通して人気がある動物――それは、猫よ」
「蛇や羊なら年の途中で話題に上がらなくなるのもわかりますが、犬は別ですよ。人間が最も古くから一緒に暮らし始めた動物である犬は、今もペトとして最もポピラーな存在。一年を通して人気があるのは犬の方です」
「あら、ペトとして飼われている犬の数よりも猫の数の方が多いのを知らないの? 猫のペト数はここ二年間増え続けているのに対し犬は三年連続で減少、平成二十三年のピーク時と比較すると四分の一も減少しているわ。犬の時代は終わた。これからは猫の時代よ」
 それはどうでしう、とT氏はレモンを半分に切たような帽子をくいと上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「確かに、飼われている犬の数は猫を下回た。しかし、飼育している世帯数を見ると猫が546万世帯に比べて犬は722万世帯と、圧倒的に犬を飼ている家の方が多い。世間に最も愛されているのは犬の方です」
「でも、それも時間の問題ではないかしら。しつけや散歩の手間、そして高齢世帯の増加から犬を新たに飼おうという人は減り続けている。世帯数でもいずれ猫が犬を上回るわ」
「飼えないからと言て、犬に対する愛情が薄れているわけではありませんよ。いや、飼えないからこそ犬への愛情が高まり、犬フンへの興味関心が増えるのではないでしうか。しかも、猫の種類がおよそ百なのに対し、犬の種類は約四百と圧倒的に多い。つまり、猫フンは百種類しかできないのに対し、犬フンは四百種類作れるということ。アニマルフン界において最も需要があり発展性があるのは犬フンです」
「甘いわね。犬の種類の多さは、大きさの違いも生み出しているわ。猫と違て小型犬・中型犬・大型犬と分類されるほど犬の大きさにはバリエーンがある。けれど、それこそが犬フンの弱点よ。小柄な人や子供が大型犬フンをできると思う? 百歩譲て『大型犬が子犬だた頃のフン』だと言えなくもないけれど、逆はどうかしら。身長二メートルもある体格のいい男性がチワワ服を着られると思うの? 着ても良いと私は思うけど、それはチワワ服と周りから認識されるのかしら?」
「周りがどう思おうと着たい服を着たいように着る――それこそがフンの根源ですよ。たとえ周囲からチワワと認識されなくても、チワワ服を着たいと思うのならば着ればいい」
「でも、どうせ着るのなら周りからきちんと認識される服を着たいと誰もが思ていることではないかしら。自分に似合う服がわからない、出かけるのに何を着ればいいのかわからない、こんな服を着て周りから変に思われないかしら、という悩みは多くの人が抱えているわ。ちなみに、2016年にてきすとぽいに投稿された作品に『猫』という漢字は68回使われていたのに対し、『犬』は9回しか使われていない。つまり、愛されているのは犬よりも猫の方だという証拠よ!」
「まあまあ、落ち着いてください」
 と二人の間に入たのは、畑地さんだた。
「犬も猫もかわいいのはどちらも同じです。けれど、一つ言わせてもらうと、普遍的にかわいいのは何と言てもペンギンですよ!」
 そう言た畑地さんは、いつもと同じようにゆたりとした裾の長いワンピースを着ていた。前は白、後ろは黒というワンピースは、腰の辺りで最もふくらみ、踝の辺りですぼまるという流線型のデザインだ。平たい楕円形を描く袖も外側は黒一色だが、内側は落ち着いた薄いピンク色で、足にはいたスクエア型の靴も同じ薄いピンク色で統一している。後ろの黒いフードには目とくちばしが描かれており、かぶるとペンギンそくりになるという、畑地さんお気に入りのペンギンなりきりワンピースである。
「その新しいワンピース、ジンツーペンギン?」
 と誰かが声をかけた。ペンギンワンピースは素人目にはどれも同じに見えるが、ペンギンの種類によてデザインが少しずつ違ている、らしい。
 ペンギンを愛する畑地さんは、目を輝かせてうなずいた。
「そうなんです! ペンギン服の老舗『KIGA』の新作水着なんです! この前取材に行た時に見つけて、思わず買いました!」
「え? 水着?」
「これ水着なの?」
 編集部の女性陣がわらわらと寄てくる。
「本当だわ! このワンピース、水着の素材でできてる!」
「いいわね。かわいい上に、体型カバーにもなるわ!」
「丈が長いしフードも付いていて、紫外線対策もバチリじない!」
 ワイワイと盛り上がる女性陣の後ろで、
「しかしー、やはり水着というものはー、もと布地が少ない方がー、ボクちんはいいと思うのだがー。せめてボデラインをきとしぼてー……
 と、うかりもらしたある男性社員の本音は、女性陣の鋭い視線によて抹殺された。
「けれど、水着を取り上げるのはまだ早いんじないですか? 今話し合ているのは一月号の内容ですよ。寒中水泳をするならともかく……
 という意見に、畑地さんは首をかしげた。
「え? これ、冬用の水着ですよ?」
「冬用?」
「そうですよ! ペンギンと言えば南極! 赤道付近に住んでいるペンギンもいますし、陸の上をペタペタ歩く姿も最高にかわいいですが、ペンギンの本来の能力が発揮されるのは海の中! 冷たい海の中でも空を飛ぶようにスイスイと泳ぐペンギンの素晴らしさを再現した水着なんですよ! 防寒機能も特にお腹周りを分厚くし、冷たい水に入てもお腹が冷えないようになているんです! しかも雑誌の一月号が発売されるのは十二月。帰省したいけれど飛行機の予約が取れなかた人が、泳いで帰る時に着るのにピタリな水着です!」
…………泳いで?」
 日本は島国である。周囲を海に囲まれている。また、日本は川が多い水が豊かな国だ。水辺を通て移動できなくもない。とは言ても、北海道や九州まではフリーでも二日くらいかかる距離がある。
 しかし、畑地さんは当然のように言葉を続けた。
「泳いで帰省すれば飛行機代もかからないですし、お腹が空いたら周りを泳いでいる魚を捕ればいいですし、それに何より痩せますよ!」
 その言葉に、先程までペンギン水着をほめていた女性陣はいせいに目を反らした。多くの女性は痩せたいと思ている。思ているが楽して簡単に痩せたいのであて、遠泳してまで痩せたいとは思わないのである。
「えー、ひとまずその水着の話は、他の雑誌の編集部に持ていこうか」
「ペンギンは鳥だから、『鳥LOVE』がいいですかね」
「あそこは無理でし。創刊以来ずと読者が投稿した野鳥の写真や写真の撮り方を中心に載せていますし、アニマルフンを取り上げたことも今までに一度もなかたはずですよ」
「それなら、『月刊マリンスポーツ』か『季刊トライアスロン』は?」
「『トライアスロン』は無理じないか? 最近公式の大会ではコスプレで走ることを禁止し始めているからな」
「アニマルフンも増えてきたけど、コスプレと一緒にされて禁止される場所が増えてきたのは寂しいわよね
「その問題について少し掘り下げるのもいいかもしれない。畑地さんはその方向で取材を進めるように」
「え……私は『ペンギンフンで実家に帰ろう特集』をやりたいんですが……
 という畑地さんの意見は見送られ、誰がどの企画を記事にするか編集長が次々と割り振ていく。
 そして、
「よし。来年の一月号の巻頭特集は犬フンでいこう! 干支が注目されるのが年の始めだけならば、犬フンを大々的に取り上げるのは一月号しかない」
 と言て、編集長が会議を締めようとした時だた。
「ちと待ちなさい!」
 バタンと勢いよくドアが開き、会議室に一人の女性が入てきた。女性の手にはバールのようなものが握られている。強盗かと身構えるよりも先に、フン雑誌編集部の人々の目は、彼女の服装に吸い寄せられていた。
 まず目を惹くのは帽子と首周りを覆うスヌードだ。今年流行のフイクフでできたキプと筒状のマフラーであるスヌードの色はテルグリー――マガモの頭の色が名前の由来である鮮やかな濃い青緑色をしている。しかもキプのつばは黄色く、両脇には鴨のつぶらな瞳のような黒い石が一つずつ付いていた。
 上半身は首から胸元のネクラインを大きく開けた焦げ茶色のデコルテのシツで、胸元には幅のあるシルバーンのネクレスが輝いており、下は白いコーロイズボンに濃い黄色のブーツを履いている。ふわりと羽織たダウンジトは薄い茶色を基調としているが、裾や袖の先は黒色、袖の内側は白と、羽を広げたマガモのような色合いだた。
 落ち着いているが地味にならず、どこか華やかな印象を与える服装は、まるで寒い冬の水辺を彩る鴨のようである。
 見事なまでに鴨の美しさを再現したフンに、編集部一同が言葉を失ていると、
「今までの話は聞かせてもらたわ」
 鴨フンに身を包んだ女性が言た。
「犬がかわいい。それはわかる。猫もかわいい。それもわかる。ペンギンもかわいい。それもわかるけど、最高のかわいさと素晴らしさを誇る鴨についての記事がないのはいたいどういうことなのかしら!?」
「いや、うちの雑誌はペトや動物園にいる動物のフンがメインでして……鳥はち……
「あら、鳥がダメだというのなら、どうしてペンギンフンが取り上げられているの!? ペンギンは鳥でしう!?」
「まあ、ペンギンは動物園で飼われていますし……人気がある鳥なので……
「鴨は人気がないとでも言うの!? そんな馬鹿な! 鴨は最高なのよ!? それに鴨が動物園で飼われていないですて? そんなことあるはずがないじないの! あの人気のネズミーランドの池にだて鴨はいるのよ!」
 それは勝手に棲み着いているだけなのでは……というツコミをどうにか心の中に収め、編集部の面々はニコリと微笑んだ。こういたクレームを受けるのは初めてではない。
 クレーム対応の基本は、まずは相手の話をじくり聞くこと。また、場所や話を聞く社員を変えるというのも有効な手段である。
 女性の前に進み出た男性社員がにこりと笑て言た。
「上の階にー『鳥LOVE』という雑誌の編集部がありますのでー、ボクちんが御案内しますねー


 その後、押し付け……いや、引き継いだ先の編集部で何があたのかは知らない。
 ただ『鳥LOVE』の一月号の巻頭特集が創刊以来初めての「鳥フン特集」になり、その後も「今月の鳥フンコーナー」として毎月十六ページをキープ。その影響かどうかはわからないが、急激に売り上げを伸ばした『鳥LOVE』は週刊化、雑誌名を『鴨SA・I・KO・U!』に変え、今も発行部数を増やし続けているとかいないとか。
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