秋のファッショニスタ
雑誌の発行は早い。「一月号」や「新年号」が書店に並ぶのは、クリスマス商戦が本格化する十二月である。
その一月号の内容が決まるのは、雑誌が発行される約二
ヶ月前。編集会議で企画を出し合い、取り上げる企画やページ数、記事の並び順等を決めていく。
この流れは、月刊『あにまるファッション』の編集部においても同じであり、一月号の編集会議は葉が色づき始めた十月に行われようとしていた。
「やはり、来年の流行は犬だね」
最初に口を開いたのはT氏だった。日本に古くから伝わる「干支」を重んじるT氏は、自らのファッションにも干支を取り入れている。
今年は酉年。つまり、ニワトリである。
T氏は元旦から様々なニワトリファッションを披露してくれた。多彩なバリエーションとはいかなかったが、白をメインに赤と黄の差し色を巧みに使い、またデザインの雰囲気をガラリと変えることで、見る者に驚きと戸惑いを与え続けてきた。
そのT氏が今着ているのは、ブラウンのダウンジャケットに白いコーデュロイの細身のズボン。少し大きめのダウンジャケットを着ることで上半身に丸みを持たせ、茶色のニワトリを表現しているように見えるが、実はそうではない。
ダウンジャケットの色は、まるで粉をまぶして油であげた肉のようである。まずは低温で中まで火が通るまでじっくりと揚げてその後に高温で二度揚げをしたような中はジューシー外はパリッとした唐揚げのような色合いは、見ているだけでもよだれが出てきそうである。
そう。今T氏が着ているのは、鶏肉の唐揚げファッション。
しかも今年の流行りであるコーデュロイの白いズボンを履くことで見る者に唐揚げ肉から突き出た骨をイメージさせるという、骨付き唐揚げ肉タイプーー通称チューリップ・バージョンだ。
手羽先や手羽元の肉を骨にそって切り込みを入れてひっくり返して揚げたチューリップタイプの唐揚げは、子供にも人気でパーティーにはよく出される。これからハロウィンやクリスマスなどパーティーシーズンを迎えるこの時期にはピッタリなファッションである。
ある意味ニワトリの最終形態とも言える斬新なデザインだが、年末までにはまだ時間がある。さらに新たな姿で人々を驚かすため、T氏はいろいろと準備を進めているらしい。
「いいえ。猫よ」
T氏の主張に反論したのはミセス・ミワ。
少し肌寒くなってきたせいか、今日の彼女はニットワンピースを着ていた。白っぽい薄茶色と明るい茶色、そして焦げ茶色の三色で構成された細いボーダー柄は、彼女が飼っている猫の柄にそっくりである。足にはいたタイツとスニーカーもワンピースと同じ三色のボーダー柄で、そこに黒のフェイクファーを部分的につけることで、今年の流行を取り入れると同時に、脚に黒い毛が混じる飼い猫の柄を忠実に再現している。
飼い猫への愛情が深いミセス・ミワが猫を推すのは当然のことであった。
「確かに、その年の干支が注目を集めることは毎年あるわ。けど、それは年末年始に限った話。二月になれば、みんな今年の干支が何か気にも止めないわ。一年を通して人気がある動物――それは、猫よ」
「蛇や羊なら年の途中で話題に上がらなくなるのもわかりますが、犬は別ですよ。人間が最も古くから一緒に暮らし始めた動物である犬は、今もペットとして最もポピュラーな存在。一年を通して人気があるのは犬の方です」
「あら、ペットとして飼われている犬の数よりも猫の数の方が多いのを知らないの? 猫のペット数はここ二年間増え続けているのに対し犬は三年連続で減少、平成二十三年のピーク時と比較すると四分の一も減少しているわ。犬の時代は終わった。これからは猫の時代よ」
それはどうでしょう、とT氏はレモンを半分に切ったような帽子をくいっと上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「確かに、飼われている犬の数は猫を下回った。しかし、飼育している世帯数を見ると猫が546万世帯に比べて犬は722万世帯と、圧倒的に犬を飼っている家の方が多い。世間に最も愛されているのは犬の方です」
「でも、それも時間の問題ではないかしら。しつけや散歩の手間、そして高齢世帯の増加から犬を新たに飼おうという人は減り続けている。世帯数でもいずれ猫が犬を上回るわ」
「飼えないからと言って、犬に対する愛情が薄れているわけではありませんよ。いや、飼えないからこそ犬への愛情が高まり、犬ファッションへの興味関心が増えるのではないでしょうか。しかも、猫の種類がおよそ百なのに対し、犬の種類は約四百と圧倒的に多い。つまり、猫ファッションは百種類しかできないのに対し、犬ファッションは四百種類作れるということ。アニマルファッション界において最も需要があり発展性があるのは犬ファッションです」
「甘いわね。犬の種類の多さは、大きさの違いも生み出しているわ。猫と違って小型犬・中型犬・大型犬と分類されるほど犬の大きさにはバリエーションがある。けれど、それこそが犬ファッションの弱点よ。小柄な人や子供が大型犬ファッションをできると思う? 百歩譲って『大型犬が子犬だった頃のファッション』だと言えなくもないけれど、逆はどうかしら。身長二メートルもある体格のいい男性がチワワ服を着られると思うの? 着ても良いと私は思うけど、それはチワワ服と周りから認識されるのかしら?」
「周りがどう思おうと着たい服を着たいように着る――それこそがファッションの根源ですよ。たとえ周囲からチワワと認識されなくても、チワワ服を着たいと思うのならば着ればいい」
「でも、どうせ着るのなら周りからきちんと認識される服を着たいと誰もが思っていることではないかしら。自分に似合う服がわからない、出かけるのに何を着ればいいのかわからない、こんな服を着て周りから変に思われないかしら、という悩みは多くの人が抱えているわ。ちなみに、2016年にてきすとぽいに投稿された作品に『猫』という漢字は68回使われていたのに対し、『犬』は9回しか使われていない。つまり、愛されているのは犬よりも猫の方だという証拠よ!」
「まあまあ、落ち着いてください」
と二人の間に入ったのは、畑地さんだった。
「犬も猫もかわいいのはどちらも同じです。けれど、一つ言わせてもらうと、普遍的にかわいいのは何と言ってもペンギンですよ!」
そう言った畑地さんは、いつもと同じようにゆったりとした裾の長いワンピースを着ていた。前は白、後ろは黒というワンピースは、腰の辺りで最もふくらみ、踝の辺りですぼまるという流線型のデザインだ。平たい楕円形を描く袖も外側は黒一色だが、内側は落ち着いた薄いピンク色で、足にはいたスクエア型の靴も同じ薄いピンク色で統一している。後ろの黒いフードには目とくちばしが描かれており、かぶるとペンギンそっくりになるという、畑地さんお気に入りのペンギンなりきりワンピースである。
「その新しいワンピース、ジェンツーペンギン?」
と誰かが声をかけた。ペンギンワンピースは素人目にはどれも同じに見えるが、ペンギンの種類によってデザインが少しずつ違っている、らしい。
ペンギンを愛する畑地さんは、目を輝かせてうなずいた。
「そうなんです! ペンギン服の老舗『KIGA』の新作水着なんです! この前取材に行った時に見つけて、思わず買っちゃいました!」
「え? 水着?」
「これ水着なの?」
編集部の女性陣がわらわらと寄ってくる。
「本当だわ! このワンピース、水着の素材でできてる!」
「いいわね。かわいい上に、体型カバーにもなるわ!」
「丈が長いしフードも付いていて、紫外線対策もバッチリじゃない!」
ワイワイと盛り上がる女性陣の後ろで、
「しかしー、やはり水着というものはー、もっと布地が少ない方がー、ボクちんはいいと思うのだがー。せめてボディラインをき