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第43回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動6周年記念〉
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あのころ
 投稿時刻 : 2018.02.17 23:44
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あのころ
王木 亡一朗


 時計の針を見ていた。教卓の真上にあるそれは、二分とちと、実際の時間より遅れている。秒針は間断なく進み続ける。五秒、十秒……。そのスピードは、1と2を通り過ぎるときにはもどかしく感じるのに、10と11にたどり着くころには、ある種の切実さを私に感じさせる。あと十秒、あと五秒……。次の一分が始まる。そして、さらに次の一分が終わるころには、私の退屈も終わるだろうか。
 歴史の授業は退屈で、でも先生は楽しそうで、もと喋りたい、もと喋りたいて、唇がプルプルと震えているのが判る。中国史、好きだて言ていたもんね。けれど、私には一ミリだて判らない。何がそんなに面白いの?
 きと、頭がおかしいんだと思う。大人になると、頭がおかしくなるのだろうか。大人はみんな、頭がおかしい。毎日毎日、いたい何をやているの。そんなことになんの意味があるの? でもそれを言たら、私だて、頭がおかしいのかもしれない。だて、意味のない日々を送ているのは同じなんだから。

「ま、まだ焦らなくても良いんじないかな。でも、いずれ決めなくちな。理系か文系か、だけでもさ」
「先生は……
「ん?」
「先生はどうして、歴史の先生になたんですか」
「どうして……。歴史なんか好きでもさ、なんていうのかな、食べていけないんだよ。それこそ研究者にでもなて、本でも出して、とかなら別だけど」
「だから、高校の先生に?」
「だからてわけじないけど、ま、でもそうかな。これなら、やても良いかな、て思た。自分の好きなことでさ、お金を稼げるなら」
「ふーん。なんかでもそれ、諦めぽくないですか」
「どうかな。望月さんは、何か好きなものとか、ないの? 将来、やりたいこととか」
「わかりません」
「そか」
「でも、だからて、みんなみたいにとりあえず大学に行くてのも、違う気がして」
「そう」
「でも、大学、行かなきダメですよね」
「どうしてそう思う?」
「だてウチの高校、一応進学校じないですか」
「そうだね」

 チイムが鳴る。先生は教卓の上の時計を見ながら、アレ? て顔をしている。その時計、二分遅れているんですよ。私は心の中で、そう呟く。私が遅らせたのだ。先生は私の方を向く。でも、目が合うと、すぐ逸らす。私の笑顔の意味が、判ただろうか。退屈な授業が終わたから笑ていたんじないよ。あんな風になる先生の顔が見たかたから。おあずけをされた犬みたいで、面白い。だて、あなたの授業は退屈だもん。全部、知ていることばかりだから。全部見てきたことの様に、あなたが話すから。興味がなくたて、聞いているうちに覚えてしまう。

「望月さん……? 望月さん!」
「あ、先生」
「傘忘れたの?」
「はい」
「でも……、ま、とにかく乗りなさい」
「はい……
「傘がないからて、普通、そのまま歩くかい? こんな土砂降りなのに」
「普通て何ですか?」
「とにかく、家まで送ていくから。どこらへん?」
「美雪町です」
「良かた。市内か」
「でも……
「なに?」
「家には誰もいません」
「ん? だから?」
「だから、入れません」
「ご両親は仕事に?」
「そうです」
「鍵は? あるでしう?」
「持たせてくれないんです」
……あ、いつもどうしてるの?」
「どうもしてません」

 同情されているんだと思う。別に嫌でもないし、嬉しくもなかた。ただただ、時計の針が進むのを眺めているように、ずと、ずと彼の話を聞いていた。退屈そうな素振りは、見せていたと思う。でも退屈だなんて、そんなことは言わなかた。彼は彼で、歴史の話くらいしか、饒舌に語れるものを持ていなかた。それだけのことなのだ。
 授業中に、プルプルと震える唇。もともと喋ていたいて、熱を帯びているみたい。でも実際は、ちと冷んやりとしてる。何百年ものあいだ、見てきたかの様に語るときの、ほんのりと上気した表情も、その時は強張ている。

「こんなこと、やぱりダメだと思う」
「どうして?」
「君は未成年だから」
「もうすぐ十八才になるよ」
「でも、僕は教師で……
「いまさら、そんなこと言うの?」
「いや、だから……
「今までバレなかたんだから、あと少しくらい、大丈夫だよ」
「そういう問題じない」
「どういう問題?」
「あたまがおかしくなりそうなんだよ!」
「違うでしう?」

 私は知ている。彼が先生をやめることを。教師を辞めて、また大学に行く。本当はもと前から、そうしたかたけれど、世間体があるから働いていた。でも、自分の本当にやりたいことのために、彼は決心した。
 ま、良いんじない。そういうのも。そうやて、前に進んでいくあなたも良いと思う。カコイイて、きと自分でも思ているんじないかな。言葉では否定しても。全てを投げ打て、手にれたものを手放して、都合の悪いことからは逃げて。そうやて、前に進んでいく。あなたはあなたの正しい道を進んでいく。

 きと、望んだものが手に入ると思うよね。
 きと、それを誇らしげに思うのでしうね。
 そうやて手に入れてきものばかりだもんね。
 そうやて手放したものを、憶えてやしないのにね。

 了
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