CUBE
西暦二〇八五年、地球に小惑星群が接近した。アメリカ航空宇宙局は数年前からそれを予測していた。隕石群は大気との衝突によ
って殆どが気化するはずであった。あくまで予測の時点では。
ブレッソンはキューブを踏まぬよう慎重に歩いていた。隕石雨の降り注いだ後、それを処理するのが彼らの仕事だった。
「こんなサイズの物は初めてじゃないか」
モリヤマは金属製のケースにキューブを拾い集めている。確かに今回のキューブにはかなりの大きさの物が混ざっていた。光を反射しない黒い立方体。ダイス程度ものから、最近ではランチボックスほどのサイズのものまで見かける。
「キューブから音波が出ているのを知ってるか」
隕石の納品を終え、ブレッソンはモリヤマとバーで安い酒を飲んでいる。
「音波?」
「奴らはそれを研究しているんだと」
ピスタチオの殻を剥きながら、ブレッソンは音波について考える。現在軌道上にある小惑星は、それぞれが歪な形状だ。正しく星屑らしい形の星屑たち。それが地球に落下する時、大気に洗われて細かい無数のキューブとなる。隕石雨の落下地点は立ち入り禁止となり、ブレッソンのような一部の「許可された労働者」が全てを回収する。
「つまりあれは粉々になったモノリスなんだ」
そう言ってモリヤマはゲラゲラと笑い、グラスに残っていたビールを飲み干す。下らない冗談だった。
キューブから何らかの電磁波や放射線が出ているのか、ブレッソン達には知らされていなかった。気休めの防護服が彼らの心を守っていた。
「音波ね」
肉体労働後の飲酒で適度な酔いを感じながら、ブレッソンは路地裏を歩いていた。虫の羽音を聞いたようなような気がして、顔を手で払う。だけれどその音は消えない。
スニーカーの爪先にこつりと何が当たる。黒いアスファルトの上に、黒い物体。
「キューブ? 馬鹿な、こんな市街地で」
目を凝らしてみると、ビルの隙間の細い路地に、無数のキューブが落ちている。空から落下したものではない。隕石雨が降った地点は即座に立ち入り禁止になるはずだ。
「耳が……」
低いうねるような音が強くなってくる。キューブ達は磁石のようにじわじわと引き寄せあい、ブレッソンの足元に集まってくる。
「まさか、そんな」
強烈な頭痛に、その場に蹲る。
「こいつらはモノリスなんかじゃない。キューブは……」
誰かに伝えなくてはいけない。キューブは隕石なんかじゃない。これは……。意識が遠のいていく。彼らはブレッソンを静かに見下ろしていた。