【封切】忘れた頃、あなたの夢のなかで
観光のバラ庭園がよく見渡せる喫茶店。よく晴れて心地よい風が吹いてくるなか、私は窓際の席でバラと何かのハー
ブティーを口にした。穏やかな午後だった。
少し離れたところには湖畔があった。スワンボートがこどもたちを乗せて進んでいた。
――ああ、なんて素敵なひととき。このひとときがいつまでも続いていたらいいのに。
しかし私はいつまでも現実逃避をしているわけにはいなかった。スマートフォンを眺めざるを得なかった。毎日が忙しい。仕事の予定や他のスケジュール、私的なメールの確認もこんなときでもしなければならない。写真など撮っている場合でもない。忙しい毎日に少しため息をついて、ハンドバッグに手を伸ばして立ち上がろうとした。
けれど私が座っているのとは反対の向かいの席に男が馴れ馴れしく座ってきた。
――なんて失礼な! 人が楽しんでいたところ(もう終わるところだけれど)に!
けれどよく見ると、それは私の彼氏だった。
――ああ、そうだ。一緒に来ているんだった。
それから私たちは、また庭園のあちこちを見て回る。
赤や黄、クリームの花が咲いていた。つるのバラや、それから私は知らなかったけれど、先のとがった花びらを無数に重ねたもののほかにも丸く小さい花がまとまって咲くものもあった。一面にうっすらと広がる香りもまた素敵。
――ねえ、あれはアルストロメリアじゃない?
「アルストロメリアはユリとかじゃないかな? うーん、あれはなんていう名前だろうね」
彼は困った顔をしている。でも、私は本当にアルストロメリアだと思った。でもアルストロメリアなんて見たことない。じゃあなんで、アルストロメリアだなんて思ったんだろう?
彼は私に立て札に書かれたバラの名前を読み上げてくれた。
朝、ベッドの上で目が覚めると私はまどろみのなかにまだ身を委ねていたかった。けれど、私は自分が裸だと気づいた。いつも下着は着けるはずなのに……。なぜ自分が裸なのか、理解できなかった。しかし彼が隣にいることですべての回路が繋がった。
――そうだ、私は昨日、彼と……。
それが今までの私だった。けれど回路は正しく繋がってしまった。
――違う! これは私の知っている人ではない!
いったいなぜ彼氏でもない男が私の隣にいるのか? 彼はどこにいるのか? そもそも……私は誰なのか!
忘却していた長い長い日々。私はすべてを取り戻すため、目がくらむ光のあふれる一週間に足を踏み出した。
――私はいったい、誰なの?