てきすとぽい
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第49回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動7周年記念〉
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探偵と泥棒
(
みお
)
投稿時刻 : 2019.02.16 23:39
字数 : 3645
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探偵と泥棒
みお
その男がドアノ
ッ
カー
を叩いたのは、吹雪が煩い早朝7時。
雪の積も
っ
たノ
ッ
カー
はガチガチと氷のような音を立て、私の主人は眉を寄せる。
「こんな朝に仕事とは恐れ入る」
煩いことと、時間外の仕事を嫌う男だ。
「非常識にもほどがある」
彼の名は100もあるが、今はただシンプルに探偵と名乗
っ
ていた。
そして彼は従者たるこの私の名前を捨てさせて、助手と名乗るように命じたのである。
つまり、彼は傲慢で我が侭だ。
「断ろうか?」
「いや、受けよう。仕方ない、今は探偵なのだから」
長い足を嫌味なほどに投げ出して、彼は甘い香りのパイプを長く長く吐き出した。
「捜し物がお得意と、お伺いしましたので、その、こんな時間に申し訳無い」
領主の執事と名乗
っ
た男は、はげ頭に汗だか雪の滴だかを浮かべたまま、肩身が狭そうにソフ
ァ
に座る。
「急ぎ、探して頂きたいものが
……
できれば、今日中に」
「どこからそのネタを仕入れたかしらないが、私は探偵だ。捜し物だけなら最寄りの警視庁へどうぞ」
「いえ、それが、とんだ奇妙な話で」
「奇妙でも捜し物は捜し物だろう。私は薬をかぎ分ける犬じ
ゃ
ないんだ」
つんと機嫌を損ねた探偵に、依頼主の男は困
っ
たように私を見上げる。
「本当に申し訳無い。私も先ほど主人にたたき起こされて、事情を聞いたばかりなのです。本当に、突飛な話で
……
そんな突飛なことを受けて頂ける探偵が、この屋敷に住んでいると噂に聞き、町からはるばる来たのです」
町外れの森の奥、寂しいこの場所にある屋敷が探偵事務所だ。
依頼が来ればそれを解決して金を得る。私はその助手。仕方なく、私は男にお茶を差し出し肩をすくめる。
「朝にな
っ
てもますます酷い雪ですね。冬の長い国ですが、ここまで長く続く冬は久しぶりです。本来なら数週間前に春が来ているはずですが、まだ春の花も咲かない
……
」
「それなんです」
男はか
っ
と目を見開き、熱いお茶を飲み干すと、私の方にぐ
っ
と体を乗り出した。
「行方不明にな
っ
て、大層困
っ
ているのです。それを探して頂きたいのです」
「放蕩娘のお嬢様が男に入れあげて逃げたかな。それともベ
ッ
ドで尻尾を振
っ
ていたマダムの愛犬が銃声に驚いて逃げ出したか
……
」
「君、下品だよ」
ぶらぶらと足を揺らす探偵を小突いて私はため息を付く。
「もう少しち
ゃ
んとしたらどうなんだ、君はそれでも
………
」
「春泥棒です」
男は意を決したように顔を上げた。
「春泥棒を探して頂きたい」
男は寒そうな頭をこすりながらとつとつと語る。
彼が言うには、この国の領主かつ男の主は大のコレクシ
ョ
ン好き。あるとき、春夏秋冬を捕まえて地下のコレクシ
ョ
ンコー
ナー
に飾
っ
た。
「理解しがたい趣味だ」
探偵は眉を寄せて男を睨む。男は困
っ
たようにますます小さくな
っ
た。
「とはいえその季節がくれば、鎖をつけて外に出していたんです。季節が巡らないのは困るでし
ょ
う」
「ますます悪趣味だ。君の所の領主はどうな
っ
てるんだ」
「私もそう申し上げました。いつかひどいことが
……
今回のようなことが起こるのではと」
「今回?」
「春が消えました」
季節を縛
っ
ておくのは難しい。
目を離したすきにまず秋が逃げた。夏も逃げた。冬も、つい先日鎖を引きちぎ
っ
て逃げてしま
っ
た。とうとうコレクシ
ョ
ンコー
ナー
に残
っ
たのは春の姫ただ一人。
彼女はか弱く地下の檻の中で泣くばかり。
しかし季節もそろそろ巡る頃。昨夜、領主は重い腰をあげて地下に向か
っ
た。
「そろそろ春にせねば、領民から恨まれます。そこで春に拘束具を着けて外に出すかと、主が地下に向か
っ
てみれば、そこにはすでに彼女の姿は無か
っ
たのです」
男は泣きそうな顔で探偵の膝元に身を投げ出した。
「か弱い春のこと、一人で逃げ出すことはできないので、これは誘拐だ。泥棒です。今朝、彼女の檻は、す
っ
かり凍てついて壊されていました。無論、総力を挙げて探しましたが見つからず」
「ふん」
探偵はつまらなさそうに足を組む。長いコー
トを不便そうに振るうと、欠伸をして立ち上が
っ
た。
「おい、こ
っ
ちへ」
「は
……
はあ」
探偵はステ
ッ
キでカー
テンの端をち
ょ
いとあげて、窓を突く。
それだけで、窓についた雪は溶けて白い靄だけが残
っ
た。
「何が見える?」
「
……
雪、でし
ょ
うか」
「雪の中をじい
っ
と見て見ろ、お前の目は節穴か」
相変わらず傲慢な物言いで、探偵は口を尖らせる。
「白い雪の中に、花が咲いてる。あれは春に咲く花だ」
「あ
……
本当だ」
男は目を丸くして、外を見た。数週間もかけて降り続く雪の中、確かにそこに赤い花が見える。春でなければ咲かない可憐な花だ。
雪が積も
っ
てなお、それは美しく花開く。
「なぜ、春は浚われたのに」
「浚
っ
た? まだ分からないのか」
窓を開くと、吹雪と共に風が激しく吹き込んだ。気がつけば屋敷は音を立てて揺れている。雪が、いや、冬がこの屋敷ごと掴んで揺らしているようだ。
怯える男など気にもせず、探偵は優雅に揺れる紅茶を啜
っ
た。
「冬が終わり春がはじまる頃、季節は混じり合
っ
て幾度も行き来する。その間だけ、二人はすれ違う。ほのかに積も
っ
た恋心は、お前達の地下のコレクシ
ョ
ンコー
ナー
で花開いた。向かい合い、顔を見た。声をかけ、慰め励まし合
っ
た
……
それは誰と、誰だと思う? 冬と、お前達が探している春だよ。秋が逃げ夏が逃げても冬は逃げなか
っ
た。冬が逃げ出したのはつい先日。なぜか分かるか」
男はがくがくと震えている。
それは寒さだけではない。目の前の風景を見てしま
っ
たのだ。
「春の姫を浚う算段が整
っ
たのだろう。見てみろ、冬はひどく巨大にな
っ
て、お前等の国を踏みつぶせるほどにな
っ
ている」
巨大な雪だるまの固まりが、地面を揺らして歩いている。その歩みは怒りに満ちて一足ごとに地面が凍てつく。雪が激しく降り落ちて空気さえ凍らしていく。
雪だるまはその腕の中に愛らしい花のような姫君を抱いている。
全てを委ねるように雪に埋もれた姫君は、幸せそうに目を閉じていた。
男は震えて、指をさす。
「ああ、彼らが向か
っ
ているのは我が領土」
「
……
くだらん。人間の目にはこんなにも分かりやすいことが分からないらしい」
振り返
っ
た男は小さく悲鳴を上げた。
それは雪だるまを見た時よりもさらに恐怖の色合いが強い。
「何が春泥棒だ。お前達こそ恋人泥棒なのだ」
彼が見たのは、探偵の姿。
先ほどまで人の形を保
っ
ていた探偵は、男の前で異形のものに姿を変えた。
「なあ、凍てついた?」
しばし後、腕を十本も持つ「探偵」は冷えた紅茶を突きながら私に問う。
驚きの表情のまま固ま
っ
た男を見つめ、私は二つの口で溜息を吐いた。
「生きてる、かろうじて」
「まあ。別にその男が悪いわけでもないしな。領主の所に送り届けておけ。領国がまだ残
っ
ていればの話だが」
ぱちんと指を鳴らせば屋敷も紅茶もパイプも、気取
っ
たドアノ
ッ
カー
も全て消える。
ただ真
っ
白な雪原に、異形とな
っ
た彼と彼と凍
っ
た執事だけ。
その中で「探偵」は腕を振る
っ
て元気よく言
っ
た。
「さあ助手、別の国に行くぞ」
「助手じ
ゃ
ない。私はそもそも」
「ああ私の従神だ。でも私が探偵ならお前は助手だろう。世界ではそう決ま
っ
てる
……
ええと、どこの世界だ
っ
たかな。たしか私が百個目に作
っ
た世界でそう決ま
っ
ていたはずだ」
彼は首を傾げ、そして深々とため息を付いた。
熱い息は、白い息となる。その息の向こうで、派手な音が響く。どこかの城が潰れたような、そんな音だ。悲鳴だ。
せめて無関係の人々は巻き込まれていませんように
……
と、神に祈りかけて私はそれを諦める。
目の前で無邪気に白い息を吐き出すこの男こそが、神なのだ。
「しかし大体においてどの世界も愚かで失敗なものが多いな。こうも続くとが
っ
かりするよ。次はも
っ
とまともな人々に会いたいものだな」
「君はそもそも世界を作り過ぎなのだ」
彼は神。私はその従神。
いつからそうだ
っ
たのか覚えていない。遙か昔昔のその昔。気紛れな彼は世界や国を作り、それにも飽きた頃、世界を巡
っ
て自分が作
っ
たものを眺めに行く。
「だ
っ
てこれしか趣味が無いんだ
……
ん?」
彼は一歩進みかけ、足を止める。
「
……
それに、稀にいいこともある」
「何?」
彼の巨大な足元に、見落としてしまいそうなほど小さな赤い花が落ちていた。
「私達への御礼だな」
彼は長い爪でそれをそ
っ
と拾い上げる。それは、雪と氷で梱包された赤い花。
まさに春と冬の贈り物。
「綺麗な雪の花じ
ゃ
ないか。なるほど、私が手を出さずとも恋は育つし実るのか。泥棒もいいスパイスとな
っ
たかな」
この世界の価値を見出したように、彼はにこりと微笑むとその花を耳にかけた。
「さあ行こう。次の国か世界でも探偵ご
っ
こをしようか。次は君が探偵をしてもいい」
「勘弁してくれ。それより次の国は暖かい事を祈るよ」
「さあ。どうかな、一時、冬の世界を作ることにはま
っ
たことがあ
っ
てね
……
そうだ、面白い話をしてやろう
……
」
笑
っ
て進む我が神の背を追いかけて、私も歩く。
大地に広がる雪は穏やかな色を取り戻し、春の甘い香りが吹きつける。
私達は、やがてどこかの国に繋がる淡い光に包まれていた。
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