第50回 てきすとぽい杯
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度々旅々
投稿時刻 : 2019.04.13 23:42 最終更新 : 2019.04.13 23:44
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- 2019/04/13 23:44:11
- 2019/04/13 23:42:35
度々旅々
犬子蓮木


 音がなくなた。
 声を出してみるが聞こえるものがない。
 足で強く踏んでも地面が響くものがない。
 ワープホールを抜けてやてきたこの国がどんな国なのかがすぐにわかた。
 音の無い国。
 僕は小さくためいきを吐く。
 腕をあげて時計を見た。時刻は13時を少し過ぎたところ。ガラス窓の外を見るが日差しはなく暗い。そうだ。この国の時間に合わせなければならない。時計の画面を2度指で叩き時間を調節する。正確な時間がわかて、僕はあくびをした。
 人の少ない旅客用施設の中を歩いていく。
 大きな看板が目立つ施設だ。音の無い国だから、視覚でアピールするようになたのだろう。
『こんにちは』
 ボードを持た青年が僕の前に立ていた。青年がボードに文字を打ち込んで表示する。
『異国の方ですよね。この国の言葉はわかりますか?』
 わかるかわからないかで言えばわからないのだけど、メガネについた自動翻訳装置によて意味はわかるようになている。あとの問題はそれをどうやて伝えるかだ。
 声に出してそれを翻訳するという方法は使えない。
 僕の出身国のように縦にうなずくのか肯定を示す国かどうかはわからない。もしかしたら求愛や挑発を表す可能性もある。まあ、異郷人だと認識されているようなので、間違えたところで激しく責められることはないだろう。恥を書くだけだ。
 携帯端末を取り出して、メガネが翻訳した言語名の翻訳装置を設定する。そうしてやと肯定を示す言葉を画面上に並べることができた。
『翻訳装置でわかります。これで伝わてますよね?』
 青年が首を横に振てからニコニコと笑顔を作た。
 きと首を横に振るのが肯定の国なのだろう。そして、笑顔が宇宙共通のYESだと信じている純粋さも持ているようだ。こんな純朴な青年がワープホールから現れた異郷人の接触担当で大丈夫なのか不安になる。ただそれも、立場が違うからこその感覚で、嫌味のようなものだなとも自己嫌悪してしまう。わかていることが勝利なのではなく、幸せに生きていることこそが勝利なのだと。そういう面からすれば僕はまるで勝利から程遠いところにいるみじめな敗残者だと言えるのだ。
 一応、アプリでこの国のジスチをざと眺めた。
 僕は笑顔を返す。
 青年がボードに文字を打た。
『どのような目的での入国でしうか?』
『観光です』
 僕は定型文を返した。本当の目的は話せないというか話しても理解してもらえず余計な時間を使わせるだけになる。
 青年がまた笑顔を浮かべた。もしここで僕が犯罪者だたりした場合は何らかの対応をしなければいけないのだけど、この青年が格闘術の達人だたりはするのだろうかと考える。
 見た目からはわからない。わかるような人もいるが、世界は広いのでわからないことも多い。
『宿屋へご案内致しましうか? もう夜も遅いです』
 ワープする前の国が昼間だたので、まだまだ眠気はないのだけど、あまり外国で夜を歩くというのも、どちら側からしても物騒なので素直に宿泊所へ向かうことにする。
『ワープホールでの旅はいかがですか?』
 施設を出て、宿泊所への道すがら青年と雑談する。歩きながら文字を打つのは危ないとされる国もあるのだけど、この国では音がないという事情からか普通になているのだろう。人間もそのように慣れて進化しているのか、もしくは事故を許容してもメリトが優先ということか。
『毎回、驚くことばかりです』
『こちらにいらして驚かれたでしう』青年が嬉しそうな表情を見せる。
『ええ、特にこの国には入た瞬間に驚きました。異国情緒を楽しむ暇もありませんでした。もちろんこれから楽しさを見つけていくつもりですが』
『慣れれば音がないゆえの楽しさも見つかると思います。あ、つきましたこちらです』
 宿屋とは呼べないような大きなホテルだた。道中にある建物がコンクリート建てのビルばかりになていく段階でうすうす思ていたが眼の前にすると驚く。この国ではこれが普通の宿屋なのか、それとも豪華なところへ案内されたのかわからない。
『荷物は係のものにお預けください』
 ボードの指示を見て、やてきた係の人に、手に持ていたケースを渡そうとしたとき気づいた。持ていなければいけないはずのものを持ていないことに。
 僕は慌てて端末に文字を打つ。
『僕は手にケースを持ていませんでしか?』
 僕は慌ててケースの大きさをジスチで示す。
『いえ、肩から下げられているバグ以外は荷物はお持ちではなかたかと』
 僕は思い出す、ワープホールの前の国に置いてきたのだとしたら大問題だからだ。ただ、さすがにそこまでうかりするほどではない。そうではなく、別送した荷物を受け取り忘れたのだ。
『忘れ物ですか?』
 僕は慌ててうなずく。しかしすぐに気づいたそれはこの国では否定だ。さらに慌てて首を横に振る。
『楽器を、トランペトの入たケースを受け取り忘れました。あとその他の荷物も』
 荷物の方は大した問題ではない。金銭的には痛いが、買いなおせばいいだけだ。しかしトランペトはそうはいかない。売てはいるものだが、代えがたいものだ。しかし、その重要性が伝わらない。
『楽器とはなんでしうか? トランペトというのもわかりません。それは朝になてからではだめなのでしうか? 今はもう0時5分です』
 ボードに正確な時刻が表示された。備え付けの機能だろう。言葉を変換するのだ。
 だめではないが、この気持ちの説明がむずかしい。正直に言えばワープホールの中で離れているのもつらいものなのだ。そんな大事なものを忘れてしまたことについて弁解はできないのだが、それもこの国に入て、音がないことの衝撃を受けたせいだた。音がなければ演奏ができない。
『どうかお願いします。大事なものなのです』
 僕は必死に頼み込んだ。
 必死さが伝わたらしく、青年も全力で取り組んでくれるようだた。まず受け取り所へ連絡をしてくれた。このような純真でますぐな性質が素晴らしいと感謝する。案内人が彼でよかた。
 僕と青年が小走りで旅客用施設へ戻る。そうしながらも彼がボードで会話をしようとしてくる。正直な気持ちとしてはそういうことをしている暇があたら少しでも早く走りたいと思うのだけど、これはもうこの国の文化なので仕方がないと受け入れた。
『トランペトとはどんなものなのでしう?』
『楽器のひとつでラパとも言うものです。ただ楽器もわからないのですよね?』
『わかりません』
『他の国には音があります』これはわかりますよね、という感じで表情を伺う。『息を吐くときに音が鳴るんです』
 口笛を吹いてみるが、当然音がしない。
『手を当てれば息が出てることはわかるかと思います。この息の音を金属の管で大きくして鳴らすのがトランペトという楽器です。他にもいくつか種類はありますが』
『音楽というものですね。音で聞いたことはありませんが、音楽の存在は知ています。音の組み合わせで感情を表現するとか』
『もし、他の国に行くことがあたら聞いてみてください。トランペトがあるかはわかりませんが音楽はあるかと思います』
 言たあとで、この国の悪口になているようなことに気づいた。言い訳をしようとしたところで、先に青年が話す。
『大丈夫です』作り笑顔。『いつか行てみたいです。ただこの国のよさもあとで知てみてください。この国では書いた文字で感情を表現するという文化があります。最近はみんなこれですけど』
 青年がボードを示す。
『それは興味深いですね。ぜひ見学させてもらいます』
 それは正直な気持ちだた。各国の独自の表現にふれて、自らの音楽に活かす。それも旅の目的のひとつだた。
『付きました。受け取り所はこちらです』
 案内されたところで僕は楽器を受け取た。
『ようこそ音のない国へ』
『ありがとう、楽しませてもらいます』                          <了>
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