てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
第50回 てきすとぽい杯
〔
1
〕
…
〔
5
〕
〔
6
〕
«
〔 作品7 〕
»
〔
8
〕
〔
9
〕
…
〔
12
〕
お疲れ!
(
ポキール尻ピッタン
)
投稿時刻 : 2019.04.13 23:44
字数 : 1247
1
2
3
4
5
投票しない
感想:5
ログインして投票
お疲れ!
ポキール尻ピッタン
ポケ
ッ
トや鞄の中、ひと通り探してはみたものの定期券が見つからない。改札の真ん前で体のあちらこちらを両手で叩いている私は疑いようのない不審者だ。こんなことになるのなら、月初めにモバイルSuicaへ変えておけば良か
っ
たと後悔しても後の祭り。面倒だからと後回しにしてしまう私の悪い癖が、またしてもこんなところで顕にな
っ
てしま
っ
た。
「よし、飲もう」
内ポケ
ッ
トには先日貰
っ
たスナ
ッ
クの名刺がある。妻に悟られぬよう小さく折りたたんだ紙片を広げ、私は店の名前を確認し繁華街へと向か
っ
た。不思議なもので行くつもりがない名刺は後生大事に取
っ
ているのに毎日使う定期は失くす。おそらく忘れ物はデスクの上にでも置き忘れたのだろう。部長から残業を押し付けられないよう、慌てて会社を飛び出したのが、き
っ
と間違いだ
っ
た。
雑居ビルに辿り着くとマ
ッ
サー
ジ店のお姉さんたちが私の腕を次々に掴みエレベー
ター
へと押し込もうとする。期待に溢れているその笑顔に微笑みを返しながら、私はお姉さんが選んだボタンの2つ上の階を押した。現金なことに彼女らは即腕を離すと、揃いも揃
っ
て不機嫌そうに舌打ちを連打した。気まずい。とても、気まずい。
スパイシー
な香りが残
っ
たエレベー
ター
は、彼女たちを降ろした後も上昇を続ける。私はなんだか頭がぼんやりとしてきて壁に寄りかかり、しばしの間俯いていていた。肩に伝わる振動が眠りに誘う。頭を振
っ
て天井を見上げると乳白色の照明カバー
の上を小さな羽虫が跳ねていた。
「楽園へ、ようこそ」
さ
っ
きのお姉さんとはまた違
っ
たスパイシー
な香り。薄い絹のカー
テンの奥で女性が体をくねらせて踊
っ
ている。なんとなく私は、あの女性とセ
ッ
クスする予感がしていた。いつの間にエレベー
ター
の扉が開いたのかま
っ
たく覚えていない。眼の前に広がる異国情緒溢れる景色が脳の大半を占め、記憶を辿ることを許してはくれなか
っ
た。
「切符をここに」
カー
テンの隙間から褐色の腕がしなやかに伸びた。私の拳を包むように手のひらを重ねそ
っ
と引く。私は握り締めて皺くち
ゃ
にな
っ
た切符を自動改札へ差し込んだ。キンと甲高い電子音が響き液晶画面に矢印が表示された。見知らぬ動物が彫刻された木製の両開きドアが軋みながらゆ
っ
くりと開いた。
舌打ちが聞こえると同時に肩を圧された。反動で揺れた体はピンポン玉のように左右に振れる。痺れているのかお尻が振動で痛む。自分のものか分からぬアルコー
ルの匂いが鼻につき、腿の間からずれ落ちそうなカバンが視界に入
っ
た。
「すみません」
どこからが夢だ
っ
たのか判断できない。意識が朦朧としていて1時10分の針が0時5分に見える。背広の上から内ポケ
ッ
トに手を当てると定期入れの感触があ
っ
た。車窓を流れる見慣れた街灯の間隔が帰宅途中だと教えてくれる。念の為定期を確認しようとポケ
ッ
トから革のケー
スを引き出すと、小さな紙片が足の間に転が
っ
た。
『帰
っ
ていいのか?』
名刺大の紙に書かれた問いかけは、一体誰に宛てたものだろう。寝起きだからか、私には判断できなか
っ
た。
←
前の作品へ
次の作品へ
→
1
2
3
4
5
投票しない
感想:5
ログインして投票