てきすとぽい
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第50回 てきすとぽい杯
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コーヒーゼリー
(
わに 万綺
)
投稿時刻 : 2019.04.13 23:44
字数 : 3269
〔集計対象外〕
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コーヒーゼリー
わに 万綺
「Yエレクトリ
ッ
クホー
ルデ
ィ
ングス?」
真衣は、コー
ヒー
ゼリー
と牛乳を攪拌したような茶色い液体をずず
っ
、と啜
っ
てからそう言
っ
た。片眉を少し上げて、さらに「しらんな」と付け足した。
「結構有名なんだけどな
……
。」
僕は器に入
っ
たトムヤムクンのラー
メンもどきにスプー
ンを入れながら、消え入りそうな声で答える。実際のところ、真衣の耳には届いてなか
っ
たんだろう。一部上場、入社難易度は指折り、新しい製品を出せば即日ニ
ュ
ー
スになる、そんなことは真衣にと
っ
てなんでもない。そして、この国にと
っ
てもなんでもないのだ。
真衣がタイでリゾー
トキ
ャ
バ嬢をやるらしいという話を聞いたのは、僕が卒業旅行のイタリアから帰
っ
てくる途中、一切合切を入れたスー
ツケー
スがトランジ
ッ
ト先のタイの空港で足止めをくらい、結局戻
っ
てくるのは数
ヶ
月先になりそうだという絶望的なアナウンスを受けたその翌日のことだ
っ
た。
元々マジ
ョ
リテ
ィ
の波には絶対乗らない彼女のことだから卒業したあとも新卒切符を無駄にしてフラフラやるのだろうと思
っ
てはいたけど、海外でキ
ャ
バクラ嬢をやるなんてさすがに予想していなか
っ
た。真衣と同じサー
クルの友人から「あいつなんか海外行くらしいよ。風俗?みたいな?」と聞いてから、本人に「いやいやキ
ャ
バ嬢だから」と言われるまで、いや、言われてからも、や
っ
ぱりなかなか信じられなか
っ
た。
真衣には曖昧で、かつ複雑で、離れがたい、一人の男がいたからだ。
トムヤムクンラー
メン、は、辛いというよりかなり酸
っ
ぱい。観光客向けに英語と中国語と日本語が併記されたメニ
ュ
ー
には「食べやすいです」と書いてあるから、や
っ
ぱり地元民が食すそれよりもず
っ
とマイルドなのだろう。
その一方、真衣は日本でも食べられそうな、僕のトムヤムクンラー
メンより「おとなしい」顔をしたカオマンガイをそ
っ
とつついている。まだタイに染まりたくない、とか言
っ
ているのだけれど、じ
ゃ
あなんでタイにしたんだと聞くとまあ適当に、と彼女らしいような答えが返
っ
てきた。
「じ
ゃ
あなんで悠は、えー
っ
と、Yエレクトリ
ッ
クなんとか」
「Yエレクトリ
ッ
クホー
ルデ
ィ
ングス」
「そうそこ、そこにさあ、入りたい
っ
て思
っ
たわけ」
僕にはち
ゃ
んとYエレクトリカルホー
ルデ
ィ
ングスに入りたい理由があ
っ
た。けれど彼女の前ではなんとなくバツが悪いような気がして、「まあ、なんとなく?」とか、小学生みたいな気取り方をしてしまう。ほー
らや
っ
ぱりそうじ
ゃ
んか、お前も私も変わらんよ、と、満足げにニカ
ッ
と笑う彼女のことが、僕は、好きだ。
彼女の出稼ぎ(?)先と、僕の大事な荷物の足止め先が同じ国だということが、僕には運命のように思えた。だから空港の担当者にすぐ電話をかけて、「取りに伺います。ええ。タイへ行けば直接受け取れるんですよね?」と、急ぎ足のハトみたいに矢継ぎ早に約束を取り付けたのだ
っ
た。
実を言うと真衣に連絡を取
っ
たのはつい半日ほど前のことだ
っ
た。成田空港へ向かう電車の中、いちかばちかでLINEを送
っ
た。僕は中学の頃から真衣と友達をや
っ
ているというのに、この十年近くず
っ
と、部活の先輩に片思いをした中学一年生みたいな態度を取り続けている。
おつかれー
、と、意味のない言葉を送
っ
てから返事が来るまで半日かか
っ
た。そう、今さ
っ
き、連絡が取れたのだ
っ
た。ち
ょ
うど僕がスー
ツケー
スを受け取
っ
た空港から車で三十分もかからないところに真衣の「寮」はあ
っ
た。これも運命だと思
っ
た僕はや
っ
ぱり中学生女子と変わらない。
「スー
ツケー
ス、見つか
っ
たんでし
ょ
」と真衣が唐突に話題を変えた。
「うんまあ」
まあ、なんなのだ。僕は僕のこの歯切れの悪さが気に入らない。
「じ
ゃ
あもうやることないわけ?」
「まあそうだね」
ドロドロに伸びた麺をぎ
ゅ
う
っ
と吸い込んだ。真衣はコー
ヒー
ゼリー
を飲み干す。
「じ
ゃ
あさあ」
じ
ゃ
あさあ、うち来なよ。
僕らが立ち上が
っ
たとき、真衣のカオマンガイは半分以上残
っ
ていた。
.
.
.
結論から言うと、僕らは健全に酒を飲み、健全に酔
っ
払い、健全に肩を組んで、なぜか真衣の勤務先となる予定のキ
ャ
バクラへ繰り出した。タイの甘
っ
たるいような、少し酸
っ
ぱいような、ぬめ
っ
とした空気から一変、キ
ャ
バクラの店内はいきなり日本へワー
プしたかのように居心地のいい空気が充満していた。ベロベロに酔
っ
払
っ
ても見た目には出ない性質が功を奏し、僕らはかなり長居した。本来女性客は受け入れないものだろうけれども、丁度その日は少し客足が引いていたせいか、まあいいかという具合で真衣は許された。数日後には、彼女はここのキ
ャ
ストとして働いているだろうけれども、き
っ
と彼女たちはそれを知らない。若い日本人カ
ッ
プルが勢いでここへ飛び込んだとでも思われているようだ
っ
た。
ベロベロに酔
っ
払
っ
た真衣がさらにシンハー
ビー
ルを煽り(彼女はビー
ルしか飲まない)、その「向こう側」へ行
っ
てしま
っ
てからはず
っ
と彼女の土壇場だ
っ
た。高校卒業直前頃からつい数日前まで関係があ
っ
たセフレがいたこと、彼のことが好きで好きで気が狂いそうだ
っ
たけれど彼は全く振り向いてくれないばかりか体だけはち
ゃ
っ
かり求めてきたこと、最初の頃はそれでも「好かれている」と浮かれまく
っ
ていたこと。妊娠したこと、中絶したこと。それでも彼に会うと口角が上が
っ
てしまうこと。そして傷つけられるたび、隣にいる彼に泣きついて、一晩中話を聞いてもら
っ
たこと。隣の彼とは僕のことだ。僕もこの際「向こう側」へ行
っ
て彼女に告白してしまいたか
っ
たけれど、何杯飲んでも水みたいにす
っ
と喉を通
っ
てい
っ
て、すぐにもよおすだけだ
っ
た。
彼女がす
っ
と眠りこけてしま
っ
てから、僕はキ
ャ
バ嬢の「先輩」方にだけ、その重すぎて長すぎて気持ち悪いと言われても仕方がない思いの丈を長々と語
っ
た。先輩たちは、ただ静かに聞いていて、途中から、彼女たちも眠
っ
てしま
っ
た。
僕は明け方にな
っ
て、店長にお会計を頼んで、それから先輩たちに多めのチ
ッ
プを払
っ
て、一人で店を出た。
.
.
.