タイトル!
17世紀の長崎、出島。商人の島、つまりは男ばかりの場所でだ
った。
そこに入れる唯一の日本人女性は遊女たちだ。今夜も多くの遊女たちが、出島へと渡っていった。
夕霧はそれほど器量よしではない。客は大抵、仕方がないといった風に選ぶ。女はそれが分相応だと思っていたし、これといった野心も不満もなかった。
高い鼻、青い目、縮れた長髪、出島の外では見かけることがない異国情緒溢れる艶やかな服。最初に阿蘭陀人を見た夕霧は、鬼だと思い、隣に座るだけで震えていた。
その鬼たちは、血のような色をした葡萄酒を好んで呑む。酸味の強い香り。一口飲むと雑木林の土のような匂いがする。夕霧が顔をしかめると、阿蘭陀人は大笑いする。
今も、比較的若い阿蘭陀人の相手をしていた。この客は珍しくこれまで三度ほど夕霧を指名した客だ。一度目は別の阿蘭陀人に無理矢理連れられて来た。初めてだったのか、女が戸惑うほど緊張していた。
男は懐中時計を自慢げに取り出し、時計の見方を熱心に教えていた。夕霧はこれまでに何人もの阿蘭陀人から教えられて、すっかり覚えてしまっていたが、興味のあるそぶりをして、時々質問などもしてみた。男はますます得意げになった。
しばらく楽しそうに話をしていた男だったが、急に悲しい顔をした。どうも明日の朝、帰国しなければならないらしい。それで最後に夕霧に会いに来たのだと。
夕霧が起きると眼前に懐中時計が落ちていた男の忘れ物なのか、わざと置いていったのか。時計は0時5分だった。今から返しに行っても遅いだろう。