第7回 文藝マガジン文戯杯「COLORS」
 1  2 «〔 作品3 〕» 4  11 
トマトが繋いだ絆
投稿時刻 : 2019.04.27 10:28
字数 : 2192
5
投票しない
トマトが繋いだ絆
バルバルサン


「トマトの冷製スープだ。飲んでみてくれ」

 料理人の彼が、私の誕生日に出してくれたのは、私の嫌いなトマト料理だた。

 私の名前は藤堂妃花。もうすぐ結婚して東野妃花になるが、まだ藤堂の姓を名乗ている。本当は捨てたいのだけど、捨てきれないのは、まだ私があの家に未練があるということなのだろうか。
 私の実家はトマト農家だ。父と仲間の農家数人でビニールハウスの中でトマトを管理している。父はとても厳しい人だた、トマトに対する姿勢も、私に対しても。そして母はいない。私を生んだ後の肥立ちが悪く、亡くなたらしい。妃花というのは母がつけてくれた名前らしい。
 私は女の子なのに、父によく叩かれたし、怒鳴られもした。よく泣かされたのを恨みがましく覚えている。小学校の頃はまだ我慢できた。だが、中学、高校と進学し、父親に対する反抗心が芽生えてくると、よく怒鳴り合いの喧嘩をした。
 父のトマトに対する姿勢はとても真直ぐだ。まあ、それは認めてもいいと思う。多分、私よりもトマトを愛していたのだ。現に、私よりもトマトを優先したことが何度かあたように思う。
 結局、小さなひずみから始また父との間の溝は、埋まることなく広がていき、私が大学生になると、家をでて、都会へと移り住んだ。父から逃げるように、父と決別するように。
 都会での生活の中で、私はすかりトマト嫌いになていた。何というか、不味いのだ。買うトマト全てが。父を思い出してしまうし、父との喧嘩を思い出してしまうのもあるし、単純に舌に合わないということもある。
 私が進学したのは、栄養関係の大学の学科。そこで出会た一人の青年と私は付き合い始めた。彼は、料理人を目指して、まずは栄養などの知識をつけたいと言ていた。彼が東野満。もうすぐ私と結婚する相手だ。
 彼との交際の中で、私は実家というのを忘れていた。いや、忘れようと努力し務めた。もう、怒鳴られたくも、喧嘩もしたくなかたから。
 大学卒業後、彼は料理人の道に進み、私はとある調味料関連の企業に就職した。そのころには、実家に帰ることは無くなて、完全に疎遠になていた。
 彼は実家に挨拶に行くと偶に言てきたが、私は断り、絶対に行くなと念を押した。私は、もうあの家とは関係ないのだと言て。
 それから、彼が私に彼のお給料ではかなり高い買い物だたであろう指輪をもらい、私達は結婚することになた。
 その次の夏のことだた。もうすぐ結婚する資金や準備をしていたら、彼が私のアパートに来て、トマトのスープを作てきたのは。私がトマト嫌いなのは知ているはずなのに、なぜだろうか。
 彼に真意を聞くが、とにかく食べろの一点張り。仕方なしに一口、そのスープを飲んだ。

 とても、美味しかた。

 美味しい以上に、何か、懐かしい感じもして、私は驚き彼を見た。とても美味しいけど、どんな魔法を使たのと聞けば、彼は静かに首を横に振り、このトマトは、私の実家のトマトだよと言た。
 彼が言うに、やはり筋は通さな変えればならないと、私の実家に足を運んだらしい。何を勝手にと私は少し怒たが、彼の真剣な目に押され、大人しくなる。
 実家では、まだトマトを作ているらしい。というか、私はあまり知らなかたが、実家はかなり有名なトマト農家で、中々父の作たトマトは手に入らないという。
 そこで、彼は厳格な父と話したらしい。とても嵐のような人だたと彼は苦笑したが、厳しく、激しい父のことだ。彼に殴りかかたのかもしれない。
 だが、その後伝えられたのはとても衝撃的だた。父は、私が元気でやていて、もうすぐ結婚すると伝えると、泣き始めたという。
 あの強面で、怒鳴り怒る事しか知らなかたような父が、泣いた?
 彼が言うに、私のことが心配でたまらなかたらしい。自分は、厳しく育てる以外の道が分からず、私に厳しく接してしまい、結果溝を広げてしまたことを、どうすればよかたのかと後悔し、懺悔したという。
あと、結婚を父に認めさせるために、ものすごく頑張たという彼の笑顔は、どこか疲れていた。あの父のことだ。何十品もトマト料理を作らせたのだろう。
 その話を聞いても、にわかには信じられなかたが。彼は優しく私を諭してくれた。

「本当に、君の思い出の中には冷たく厳しい父親しかいないのかい。もしかしたら、嫌な思い出が良い思い出を押しつぶしているのかもしれないよ」

 その言葉に、私はハとした気分だた。目を瞑り、もう一口トマトのスープを口に運ぶ。
 父が夏に、美味しいトマト料理を作てくれたことがあた。本当に美味しくて、また食べたいと言たことを思いだした。それから、仲の溝が広がる中でも誕生日や特別な日は、父自らの手でトマト料理を作てくれたことも。

 そうか。私が都会でトマトを嫌いになたのは。

 そして、彼が私の肩に手を置いて、一度、実家に一緒に帰ろうよと言てきた。君のお父さんをうならせるような。そんなトマト料理をお父さんと、君に一緒に味わてもらいたいと。
 気が付けば、目に涙が浮かんでいた、ぼやける視界のなか、私は頷く。


 藤堂妃花が東野満と共に、彼女の実家を訪れたさらに一月後のこと。結婚式の披露宴では多くのトマト料理が並んだ。すべて、妃花の実家のトマトが使われたという。
 そして、新婦の家族の席には、亡くなた新婦の母親の写真を持ち、涙を流す強面の男性がいたという。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない