「聞かれたことにだけ答えてください」
「はい」
「あなたのお名前は？」
「田中太郎です」
「田中さん。歳はおいくつですか？」
「ええと、今年で三十になりました……あれ、なんで今、笑ったんです？　僕の頭が薄いから？　そうでしょう。このハゲまだ三十だったんだ見えねえって思ったでしょう、あなた」
「いえ笑っていませんよ。お気になさらず。それでお住まいは？」
「……足立区千住旭町、○丁目○番地○」
「わかりました。それで今日は、なんでこんな埼玉くんだりまで来たんです？　わざわざバンで」
「僕、埼玉好きだから……いいじゃないですか、僕がバンでどこ行ったって」
「昨日、福祉会館の駐車場にあなたのバンがずっと駐車されているのを目撃されていますね。出雲伊波比（いわい）神社に何か用があったんですか？」
「あそこでちょうど流鏑馬（やぶさめ）がやっていたから。馬が見たかったんだ」
「流鏑馬が終わっても、まだバンは駐車してありましたね。それはなぜですか？」
「しばらく停めていただけだ」
「質問を変えましょう。あの神社の付近に、図書館があるのをご存じですね？」
「ええ、まあ」
「その図書館であなたはあの日、閉館時刻までいましたね。なぜです？」
「いろいろ、調べたいことがあったんだ」
「図書館ならほかにいくらでもあるでしょう。こんな辺鄙など田舎までこなくたって」
「流鏑馬を見ていたら急に調べたくなったんだ」
「そこからしばらく歩くと、埼玉医科大学がありますね？」
「関係ない」
「なぜ何度も訪れてるんでしょうね」
「それは」
「いいですか、私はあなたのことを、あなた以上に知っているんです。下手にごまかさないほうがいですよ」
「だからそれは……あの病院には僕の祖母が入院してたんだ」
「それでお見舞いに行っていた？」
「そうだ」
「何度もお見舞いに行ったけれど、その都度、邪険にされた」
「そんなことはない」
「大好きなおばあちゃん、僕はおばあちゃんのことが好きなのに、どうしておばあちゃんは僕を愛してくれないの。そう思った。違いますか？」
「うるさい」
「ああ、僕は腹が立ったぞ。今に見てろ。そう思ったあなたは、人工呼吸器を外した」
「黙れ」
「ふとわれに返り、自分のやったことの重大さに押しつぶされそうになった」
「違う、そんなんじゃ……」
「ところで田中太郎さん、ご両親はご健在ですか？」
「さあ。あのひとたちとは、とっくに縁を切ったから」
「ああ、そうですよね。ご両親とはうまくいかず、ずっとおばあちゃんっ子だったんですもんね」
「ずっと昔の話だ」
「あなたのお祖母様、どちらのお母様でしたか」
「さあ」
「母方のお母様でした。そうですね？」
「……」
「あなたのお母様もお父様もどちらも、お見舞いをされていなかった」
「……あいつらは恩知らずで……親不孝もんだったんだ……」
「だから？」
「だから僕は」
「ご両親も居場所を突き止め殺害した。そうですね？」
「……死んで当然のやつらだったんだ」
「おばあちゃんまで殺すことはないでしょう？」
「でも……生きていても……意識もないのに……」
「かわいそうだった、ということですか？」
「……だってそうだろう、誰も見舞いにも来ないのに」
「あなたが行ってあげればよかったじゃないですか？」
「それは……」
「でも、そうできないことが、あなたにはわかっていた。なぜか」
「……」
「あなた、自殺することを、すでに決めていたんですよね？」
「……」
「だから自分が見舞いに行けなくなるとわかっていた。だけど気の毒になって殺害した」
「……そうだ。祖母は……ひとりぼっちになっちまうから……」
「地元に戻り、子供の頃に行った神社の流鏑馬を見、図書館に行き、昔を懐かしんだのも、もう死ぬと決めていたから。それからご両親とお祖母様を殺害し、その後、自殺したと」
「……まあ」
「田中太郎さん、いいですか。私は閻魔大王なんです。自分で大王と名乗るのもなんですが。だから隠したって無駄なんです。今ここですべて正直に話すかどうか、そこも見ているんですよ」
「じゃあ閻魔様、正直に言ったら僕は天国へ行けましたか。行けないでしょう、地獄ですよね。そうに決まっています」
「まあ待ってください。さっきね、死神のほうから連絡がありまして。ちょっとした手違いがあったらしいんですよ。つまりあなたの死についてですが」
「はあ？」
「うーん、本当はあの首吊り自殺ね、未遂で終わるはずだったんです。それが書類上の不備で、ちょっと、間違っちゃったみたいで。それで慌てて直したんです」
「え？」
「紐が切れてあなたは死ねなかった、ということになりますんで」
「え？」
「あなたには今から向こうに戻ってもらいます」
「生き返るってことですか……？」
「そうなりますね。今回は本当にすみません。あ、赤鬼と青鬼に送らせますから、田中太郎さんはそこでお待ち下さい」
「はあ……」
「一回死んだのにこう言うのもなんですが、どうかお元気で。では、また」

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