第9回 文藝マガジン文戯杯「お薬」
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すいみんやくは、きみのたいおん
投稿時刻 : 2019.10.04 00:05 最終更新 : 2019.10.19 22:09
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- 2019/10/19 22:09:31
- 2019/10/04 00:05:46
すいみんやくは、きみのたいおん
ごんのすけ@小説家になろう


 今日はなんだか、どうしようもなく『夜』が怖い。

 何があたというわけでもない。もちろん、ホラー映画なんかも見ていない。なのに、どうにも駄目だた。
 独り暮らしの部屋の隅の隙間から伝てきた闇が、私の心の中にまで忍び込んでいるようだた。慌てて足を縮こめて、布団の端から引き離す。
 怖い。とにかく怖い。怖くて怖くて、眠れない。
 どうしようか。そう思た。
 冷静なのは字面だけ。体の中では心臓が跳ねまわていて、息だて少し荒い。気を失えるものなら、そうしたい。それくらい、今晩の夜が怖い。
 助けを呼ぼうにも、ケータイは被た布団の外。認知の外の闇の中。私は布団を薄く開けて、それからジとケータイを睨んだ。
 手を伸ばそうとして、引込める。その繰り返しだ。
 ――て、誰かに掴まれたらどうする? 一度そう考えてしまたら、もはや駄目なのである。
 夏の背中が見えるくらい涼しくなてきたが、布団を頭まで被ていれば、蒸し暑さが戻てくる。
 息苦しさと恐怖で、頭と胸がどうにかなりそうだた。
 と、そんな時だた。私がバイブ音に肩を跳ねさせたのは。

 聞き慣れた音にそと布団を持ち上げれば、隙間から見えるのは光だた。
 液晶に光を灯したケータイが震えている。底だけ、闇が薄いようだた。
 私はこの光が途切れる前に、えいやと手を伸ばして布団の中にケータイを匿た。液晶に映ていたのは、友人の名前だた。縋るように――しかしそれが相手にバレないように――私は息を整えてから、電話に出た。
「もしもし」
 こんな時間に起きていた、なんて思われるのもアレだから、眠そうな声を作て囁く。すると、なんだかホとした時のような息遣いがケータイ越しに聞こえてきた。
『もしもし。……ごめん、もしかして、起こしちた』
 ハスキーな声に「ううん、大丈夫」と伝える。
「こんな時間に、どうしたの」
 頭の位置を整えながら尋ねれば、相手はなんだか罰の悪そうな声で『あのね』と言た。
『笑わないで聞いてほしいんだけど』
「うん」
『あの、あのね……と、あたし、眠れなくて』
 なんだか珍しく弱気な声だた。それにつられて実は私も、と言おうとしたところを、続く言葉が遮た。
『そんでね、あの、今ね、きみの家の前にいるんだけど……
 私は、電話を切ることも忘れて闇を跳ね除け起き上がる。電気を着けて、玄関へと足早に向かう。と言ても所詮は1Kのアパートだから、玄関までは直ぐだ。
 一応ドアスコープを覗いてみれば、そこには罰の悪そうな顔で、寝間着用のスウトを着た友人がいた。
 鍵を開けて、そとドアを開く。
「『……こんばんは』」
 間抜けにも二人揃て電話を耳に付けたままだから、声が二重に聞えた。私はそれがちとおかしくて思えて笑てしまいながら、彼女を部屋に招き入れた。
「眠れなくて家を訪ねるなんて重い恋人みたいなことして、ごめんね」
「ううん、気にしないで。……実はね、私も眠れなかたんだ」
「そうなの。おんなじだね」
 静かな声色を聞いていたら、私は眠くなてきてしまた。彼女が訪ねてきてくれたのに、眠れない彼女だけを置いて眠るわけにはいかなかた。
「うん。それで、どうしよか。眠れない同士で、お酒でも入れてみる」
 私がそう言うと、彼女は小さく首を振た。
「いい。なんかね、きみの声を聞いてたらね、眠くなてきちたから」
 一緒に寝よう、と言い出したのは、私の方だた。
 電気を消せばまた闇が満ちるけど、なんだかもう、怖いという気持ちはなくなていた。
 さきまで潜ていたおかげで温もりの残ているベドに、二人して横になる。そしたら自然と手を繋いでいた。
「太陽の匂いがするね」
「今日、良い天気だたから干してみたんだ」
 私たちは、ベドに並んでポツポツと話をした。楽しい話を、たくさん。
 そうして隣に体温を感じていたら、睡魔はすぐにやてきた。
「何か、眠くなてきた」
「あたしも」
「ね、どうせだから明日遊びに行かない。きと、きみも私も、疲れが溜まてるんだよ」
「ああ……それ、いいかも……
 静かな声音と、他人の体温と、柔らかなシンプーの香り。
 私の心臓は恐怖を忘れて、隣の友人のそれに合わせるように鼓動を打ている。
「おやすみ」
 眠りに落ちる前に囁やけば、同じ温度の声が返てきて。
 辺りを包む闇すら、母親の胎の暗さのようで。
 
 ああ、私の睡眠薬はきみなんだな、とぼんやり思いながら、私は夢の世界へ旅立た。
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