至高の料理
土地のガイドの話だと、この村にここでしか食べられない、とびきりにおいしい料理があるらしい。
「至高の味とお
っしゃる方もおります」
「どんな料理か楽しみだな。どこで頼めば食べれるんだ?」
この料理のために山地奥深くの谷間にある小さな山村まで足を運んだ私は、旅に疲れた足を休める間も惜しんで、早速にその料理を所望した。
「まあ、ここまで来れば少し焦れるのも、料理を楽しむスパイスになるというもの。準備をさせますので、しばしあちらの家でお待ちを」
そう言ってガイドは、私を村はずれにある一軒の空家へ連れていき、自分は村の奥へいそいそと行ってしまった。こうなっては待つしかない。私は置いてあった椅子に座り、これまでの旅程の旅情などを手帳にちまちまと書きながら、待望の料理の訪れを待った。
「お待たせしました。今からこちらで調理致しますので、もうしばらくお待ちください」
ガイドが村人を連れて戻ってきた。村人は、人が一人くらいすっぽりと入ってしまうだろうほど大きな頭陀袋を肩に担いでいる。
「食材でございます」
そう言って、床に転がされた頭陀袋からごろっと出てきたのは少女だった。
「――」
「この山の清澄な土と水でしか育たない、人魂樹の実でございます」
絶句する私にガイドはそう説明すると、その人魂樹の実だという裸の少女を、村人に手伝わせて調理場の天井に吊るした。
「誰でもそのような反応をなさいます。しかしこれは果実です。人ではございません」
ガイドは包丁を取り出し、刃こぼれがないか眼をすがめて確認しながら淡々と続ける。
「もぎたての新鮮な実でないと、食すのには適しません。なのでこんな辺鄙な村までわざわざ足を運んでもらう必要があるのです」
そして、少しのためらいも見せることなく、逆さに吊るされた少女の形をした実の首筋に、慣れた手つきで包丁の切っ先を当てた。
「果汁が豊富でしてね。家畜の解体のようにしないと始末が大変なんですよ」
実の首からどぼどぼと赤い汁が溢れ、下のタライへと流れていく。虚ろな実の顔は赤く汚れ、髪のように伸びて垂れ下がる房が、じっとりと濡れそぼっていく。
「こうして汁抜きしましたら、次は皮むきです」
ガイドは踏み台に上ると、実の数か所に包丁で切り込みを入れ、足先の方の皮をめくって手で掴むと、下にむかって一気に引き下ろした。
「これが上手くいくと爽快で」
ずるりとむけた皮の下から赤くぷりぷりとした果肉が姿を現す。ガイドは同じ要領でもう片方の足からも皮むきを行い、それがキレイに終わると、満足気に額の汗をぬぐった。
「あとは鉈で食べやすい大きさに切って、少々の塩と香辛料で味付けし、あとは果汁と香草と一緒にして煮ます」
そして一時間ほど煮込み、出来上がった果肉入りのスープを卓上に置いた。
「さあどうぞ。お召し上がりください」
ガイドの微笑みをうかがいながら、私は恐る恐るスープに口を運んだ。
「――これは」
「至高の味とおっしゃる方もおります」
言語に絶するという陳腐な表現しか浮かばないほどに、それは今までに食したことのない水準のおいしさだった。最初の抵抗はどこへいったのか不思議なほどに、二口、三口とスプーンが進み、気付けば皿は空になってしまっていた。
ガイドは苦笑しながら、おかわりのスープをよそう。そのとき少し皿からスープがこぼれた。ガイドはそれを指でぬぐい、スープを私に差し出してから舌で舐め取る。ガイドはゾクッと身体を震わせると、蕩けたような目をして言う。
「……人魂樹は輪廻転生する人の魂と、なんらかの理由で繋がった樹であるとされ、そのために人の形をした実を結ぶといわれています」
スプーンの手を止めて見上げる私にむかい、ガイドはとびきりのジョークを思いついたといった口調で言った。
「案外と人の肉もこのような味がするのかもしれませんね」
けれど私は笑えずに、ただスプーンを動かして二皿目のスープを空にするだけだった。