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第10回 文藝マガジン文戯杯「気づいて、先輩!」
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忘却より明日は生まれ
romcat
 投稿時刻 : 2020.02.06 12:34 最終更新 : 2020.02.06 15:04
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- 2020.02.06 15:04:14
- 2020.02.06 14:58:27
- 2020.02.06 12:34:23
忘却より明日は生まれ
romcat


 不貞腐れていた。

 深夜の街、高架下。道の傍らに座り込み、煙草を吹かしていた。なんのことはない、口説けるつもりでいた女に逃げられたのだ。まあ、初めてのデートで性交までこぎつけるのも図々しいと思わなくはない。けれども、逢瀬を重ねて愛を育てようと思うほど本気でもなかた。出たとこ勝負に出てみて、それで敗れたのだ。面白いはずがない。
 勘が鈍たのか。いい雰囲気だと感じていた。ライブで知り合た女ギタリスト。スレたふりをしているが隠し切れない凡庸さに何故か惹かれた。呼び出して居酒屋で飯を食い、馴染みのバーに連れていき、終電はわざと見送た。女の部屋へは歩いて十分程。部屋が駄目ならホテルへと、ギリギリの金を残しておいたが、妹が遊びに来ているからと、そのどちらも断られた。

 酔いがまわる。

 タクシーを拾て帰れなくはないが、このまま夜を終わらせるには少し名残りが惜しかた。なによりこの溢れんばかりのいちにちへの未練を、俺は持て余していた。何かしら、今日に爪跡を残したいと、そう考えていた。

「先輩、何をしてる?」

 ふと、そんな声が聞こえてきた。声のほうに視線をやると、女がそこに立ていた。フリピンだろうかタイか、ベトナムだろうか、浅黒い肌のアジア系が座り込む俺に微笑みかけている。身体に自信があるのであろう、ラインを強調した服の胸元は大きく開き、少し細く長い手足は誇るかのように露わにされていた。もう五センチほど頭を屈めれば下着が見えそうなほど短いタイトスカートを履いている。

 立ちんぼか。「お兄さん」でも「社長さん」でもなく「先輩」と呼ばれたことに若干の違和感を覚えたが、大方、妙な日本語を教えた輩がいたのだろう。そう考えた俺は財布を取り出して中身を女に見せるように向けた。

 「金ならねえよ。何してるも何も、眠くなてきたからよ、寝る場所を探してんだ。悪りいけどよ、他を当たてくんねえかな」

 実際に、財布には五千円と小銭くらいしか入ていなかた。散財の末、口説き損ねた女のことを思い出す。使た金が惜しいわけじなかたが、見ず知らずの商売女に貧乏を晒さなければならない我が身が忌々しかた。

 「お金、いらない。あたしも寝るとこ探してる。一緒にホテルいこ」

 意外にも、片言の日本語を話しながら女は近づいてきた。

 「は? だから、金ならねえよ。見ろよ、カードも持てねえんだ」

 「大丈夫。わたしも眠いだけ。なにもしない。ホテル代半分払てくれればいい。一緒にホテルいこ」

 女はそういい、俺の腕を取て立ち上がらせた。
 美人局だろうか、そうも考えたが、チンピラが出てきたならそれはそれで退屈凌ぎになりそうだと思い、このわけの分からない展開に乗てみることにした。喧嘩か情事か。このまま酔いに身を任せて眠りに捕まるよりは余程楽しそうだ。
 女の促すがままに、俺は付いて行くことにした。

 女の名はカレンといた。長い髪を結い上げ、笑うと八重歯が覗く愛嬌のある顔立ちだた。細身だが背の丈は意外に高く、胸は大きく張り、形の良い尻も大きく突き出ていて、腰だけが、キと締まていた。女らしく俺の腕に掴まり媚びるように身体を寄せて歩く。カレンからは少しきつめの香水が臭てきた。

 ホテルに着き、部屋に入る。片言の日本語相手では話も弾まない。さて、これからどうするのかと思ていると、カレンはシワーも浴びず、ベドに飛び込んだ。

「じあ、おやすみなさい」

そう残し、彼女は布団を被り寝に入いる。本当に眠かただけなのだろうか。少し拍子の抜けた俺はベドに腰をかけてタバコを吸いながら彼女を眺める。何のことはない、寝ぐらをシアしたかただけか、そう考えたら忘れていた眠気が再び頭をもたげた。どうりで金がいらないはずだ。
 俺はタバコを消し、照明を暗くしてカレンの隣に横たわた。

 何もしないから、と彼女はいていた。俺も別にそれでいい、と思ていた。けれども女を横にし、何もなく朝を迎えるのも失礼かと考えた。胸ぐらいは触ておくか、そう思た。
 俺はカレンのボリムのある胸を触り始めた。彼女は目を閉じたまま俺の手の動きを受けいれている。嫌がる素振りはない。許可が降りたということか。髪を撫でながら唇を重ねる。彼女は舌を入れてきて、俺はそれを受け入れる。互いの舌を絡みあわせて粘膜を交換しあう。カレンの息遣いが少し荒くなてきた。

——寝たフリだたか、このやろう——

 そうは思いながら俺も少しずつその気になてきた。額を、瞼を、頰を、首すじを、鎖骨を。唇で彼女の輪郭を確かめるように俺は口づけをした。
 左手は変わらず胸を触り、右手で器用にズボンを脱いだ。もうこうなたら最後まで行てしまえ、そう考えていた。

 こちらの準備が整たところで、さてお相手は、そう思い相手の股間に手を伸ばす。湿度の確認だ。ところが意外にもカレンは俺の手を掴みはね退けた。

——まだ、早いということか?——

 一度撤退をして、身体を愛撫しなおしたところで再び股間に挑戦をしたところでまたはね退けられた。

——もたいぶてやがるのか? このやろう——

 そんな思いがよぎた。けれども、俺のほうもすかりその気になている。いまさらやめる訳にはいかない。もう一度撤退をして、じくりと愛撫をしたところで、またカレンの股間に手を伸ばすと、同じように手を掴まれた。どうあても触らせない気だ。

 ははあ、と俺は察した。あまりにも濡れているので恥ずかしがているなだな、と。愛いやつめ、それならそれでこちらにも考えがある。

 男の力を舐めるなと言わんばかりに彼女の手を振り切り、俺の手は念願の股間に達した。

 ところが、である。俺の左手が触れたものは予想外のものだた。それは馴染みのある感触であた。男根である。

——なぜこんなものがここに?——

 まさか、俺の男根が勝手に歩き廻りカレンの股間に移動したとでも? 性器が勝手に動き廻る? そんな馬鹿なことがあるはずはない。

 混乱する思考のなか、自分の股間を触てみる。そこには硬くて大きな俺の性器が相変わらず付いていた。

——なんだ、やぱちんと付いてんじん。つーことはあれはカレンのあれか、良かた良か……カレンのだて?!——

 驚いて起き上がろうとする俺の肩を素早く抑えてカレンはいい放た。

「気づいて先輩、わたし、ニハーフよ!」

 いまさらなカミングアウトを吐き捨てカレンは俺のトランクスを脱がしにかかた。一物を触られたことで彼女……彼のスイチが入てしまたようだ。ものすごい力でトランクスを剥ぎ取ると、あという間にカレンは俺の一物を口に含んだ。無論、俺にその趣味は無い。股間に埋まるカレンの頭を身体から離そうと押し退ける。カレンのほうもそうはさせるかと俺の手を押し戻す。男と男、力と力のぶつかり合いだ。

 そうはいても俺のほうは部が悪かた。何しろ急所を抑えられているのだから。急所は臨戦態勢のまま敵の手の内に落ちたのだ。これでもかと言わんばかりに俺を攻めてくる。
 感じてはいけない、そんな俺のこころを見透かすように、男のツボを刺激してくる。そして、相手はそのツボを知り尽くしているのである。嫌だ。駄目だ。こんなはずではない。俺にはその趣味はない。感じては駄目なんだ。これは何かの間違えなんだ。気持ちいいわけではない。それでも……
 カレンの頭を引き離そうとする手に力が入らなくなてくる。呼応するようにカレンの攻めが激しくなていく。

——口じあ、嫌だ、嫌だと言てはいるが、身体は正直なものよのう——

 誰がいたか知らないが、有名なあのフレーズが頭のなかを巡る。

 「違うんだ!」

 誰にいいわけしているのだろうか、思わず声をあげる。

 ——早く楽になちまえよ、本当は気持ちいいんだろ?——

 頭の中で悪魔が囁く。

 ——大丈夫さ、これはただの間違いで事故みたいなものだから。自分のこころに素直になりなよ——

 別の悪魔が俺に囁く。

 ——今夜の出来事なんて誰にもわかりしないよ。さあ、ユー、逝いなよ!——

 また、他の悪魔が俺を促す。

 なんということだ。俺の頭のなかには悪魔しかいないというのか。

 生き物のように俺を攻め続けるカレンの舌の動きに、俺は抗し続けた。逝てはいけない。題目のように繰り返し唱える。
 逝てはいけない、逝てはいけない、逝てはいけない……ては……駄目なのに

 俺とカレン、尊厳と快楽の戦いは終着を迎えた。絶頂と引き換えに、何か大切なものを失たのではないかとの喪失を感じていた。
 ちぽん、と大袈裟な音を立ててカレンが離れる。

 「ごちそうさま。おいしかた」

 そういて、笑顔を見せる。ばかやろう。

 俺は戦いの疲労と、酒の酔いと、それから今しがたの喪失感から暴力的な睡魔に捕まり、意識を失うように眠りについた。夢さえも見ない、真暗な、深い眠りに。

 目を覚ますと、カレンは横で寝息を立てていた。時計を見ると朝の五時を少し回たところだ。俺は数時間前の出来事を整理してみる。タバコに火をつけるライターのカチという音が、妙なほどリアルに響いて聞こえた。
 こうしてよく眠ているカレンの寝顔を見るとどこから見ても女にしか見えない。悪いやつではなかたし、忘れようと思えば忘れられそうな気がした。
 始発は間もなく動き始めるだろう。俺は約束の金に少し色をつけて、持ち金の全部である五千円を枕元に置いて、カレンに布団をかけ直してやた。

「あづい(暑い)!」

カレンは布団をはねのけた。おさんの声で。

 もう、帰ろう。そう思い、俺はカレンを残し部屋を後にした。フロントにはひとりだけ先に帰る旨を伝えておいた。男性と女性、どちらが先に帰るのかというフロントの質問には、苦笑いするほかなかた。

 外に出ると街は自分の歩く音が聞こえるほど静かだた。見上げると朝の空が、夜の名残りを街の端に追いやる様に、明るさを増していた。一日が、始まる。昨日を押しやり、新しい日がまた始まる。二十四時間たてば、新しいはずの今日も、また次の一日に追いやられるのだろう。ただ、それだけのことじないか。

 忘れよう、新しい一日の為に。地下鉄の始発に乗るべく駅へ向かう。忘れよう。明日を見据えて、ただ歩き続けよう。けれどもそんな想いとは裏腹に、俺は地下鉄の切符売り場で、また、思い出すのだた。

「しまた! 有り金、全部置いてきた!」

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