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第10回 文藝マガジン文戯杯「気づいて、先輩!」
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気づいてはいるのだけれど今更な
 投稿時刻 : 2020.02.01 03:29
 字数 : 3929
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気づいてはいるのだけれど今更な
押利鰤鰤@二回目


 「これはこれは杉岡さんじ無いですか。お亡くなりになたと聞いていたのですが、まだ現世に未練でもあるんですか?」
 「田所さん、五年ぶりだと言うのに悲しいくらい飛ばしてくるね。お亡くなりになたのは、共に青春を磨り潰す様に働いていた会社の方で、糖尿を発症したくらいの僕はとても元気だよ」
 
 人生は冒険だ、みたいな事を誰が言たのかは知りません。別に知りたいとも思いません。私はただ穏やかに、波風のない幸せな家庭で生きてきたいと思ていました。
 ですが現実というものは、意外とすんなり思たように行かないもので、気づいた時には取り返しの付かない事になているものだと思て生きてきました。それが真実だと。しかし、最近気がついたのですが全くそんな事はなく、それなりに生きてくれば、それなりの人生を生きていく事ができるようです。
 いま現在、僕が高卒の四七歳で、無職独身、お付き合いしている女性もいなければ、当然のように男性もおらず、高血圧で服薬中、糖尿病は経過観察。全て自業自得であるという事を教えてくれたのは彼女でした。

 田所さんと初めて会たのは彼女がまだ二十歳の頃です。
 実際のところはまだ専門学校に通ている学生さんだたが、就職活動で僕の勤め先に何を血迷たのか面接に来て、翌日から働き始めていた。
 高卒で現場上がりの僕とは全く別の生き物であると言て良く、パソコンを使た作業ではさすがに専門学校を出ているだけあて、即戦力として期待の星でした。
 元々、女性社員がほぼいない職場でしたので、負け戦の戦場に一輪の華が咲いたと言ていいでしう。
 そしてその華は鬼百合だたのです。
 そんな可憐に咲いた一輪の華であた田所さんと、五年ぶりに再会したのは職業訓練校帰りの地下鉄のきぷ売り場でした。五年という歳月を感じさせない言葉が、僕の心に綺麗に突き刺さります。

 「私はずと言てましたよね?甘い缶コーヒーを一日五本も六本も飲んでいて、糖尿にならないはずがないと。さらには塩分過多に脂肪過多。喫煙は一日に二十本上でしたよね?生きているのが罪悪です」
 
 「男には戦わなくちいけない時があるんだよ。そこで勝とうが負けようが、結果はそんなに重要じないんだ。重要なのは戦たと言う真実なんだから」

 「……などと負け犬が吠えまくり。良いですか?勝負というのは勝たねばなりません。負けたところで得られるものがあるなんて言うのは、いま現在負け続けている人間か、そういう人間を煽て金儲けする連中くらいです」

 「……なんか胸が痛くなてきた。田所さんの言葉に、胸がキて変な脈を打たよ。ちとAEDを持てきて」

 「モタイナイ」

 「確かに商業施設や駅などに設置されてる、倒れた人が出た時に、止また心臓へ電気シクを与えるAEDは使い捨てで、再使用ができないから買い替えらしいけど、モタイナイはひどくないだろうか?」

 「ツバでもつけとけばいいでしう?杉岡さんならそれで十分です」
 
 そう言て指をさして笑う田所さんは、五年前と何も変わらないのでした。

 一年前に勤めていた会社が倒産して無職になた僕は、二十年分の退職金が振り込まれたのを良いことに遊び歩いていました。どうせ無かたような、降て湧いた泡銭である三百万。再就職するのはそのお金が心許なくなてからでも良いだろうと思ていたのです。
 しかし、兎にも角にも四十七歳です。いかに心は十四歳であると自負している僕ですが、打ち寄せる歳には勝てるわけがありません。
 ハローワークで求人を検索した時には絶望感しかありませんでした。
 月100時間を超えた残業時間や、残業代に休日出勤代も出ない手取り二十二万の前職でしたが、四十七歳の何の資格も取り柄も無い高卒の僕が再就職をしようと思たら、手取りの相場は十五万なのです。
 気がついてはいたのですが、あまりに人生の積みぷりに、心病むのは理解できるかと思います。
 パチンコで一月に50万負けたりしたのも仕方ありません。
 気がつけば体重もパンパンに増えて、血圧も服薬しているのに鰻登りでした。
 かかりつけのお医者様に痩せるように言われた時には、血糖値も上昇していたのです。

 「ふくしのがこうにかよています」
 「向いてそうだとはおもいますけど、その言い方はなんですか?」
 「なぜか分からないけれど、みんなに向いているて言われるんだよね。僕の何がわかるのさ‼︎て言いたいところだけれど、年齢的な事や、未経験でも働けるて事で色々考えたら、介護の仕事を探すしかないかと思たんだよ。それで職業訓練もあるていうから申し込んだんだ。選考試験と面接があたんだけど、落ちたと思ていたら受かてね」
 「見る目ないですよね。学校も。杉岡さんが試験に受かるとか、問題は五十音の書き取りとかだたんですか?」
 「ひどいな‼︎ 問題は中学卒業程度の国語と数学だよ。分数の計算なんて覚えてないから、小学校六年間分の算数の参考書買て試験前に勉強したよ。国語は割と出来たと思うけど、数学は問題を見た瞬間に時間がかかると思たから、国語の問題からやたよ。数学は捨てに行た」
 「わたしも分数の計算を今やれと言たら自信ないですね。試験中にゲロを吐きそうです」
 「酷い拒絶反応だな。でも大丈夫。介護の学校だから講師の先生の中には看護師の資格を持ている先生がいるから、緊急時も安心。しかも介護職を目指そうていう人ばかりだから、吐瀉物も片付けてくれるよ。僕の受けてる職業訓練は介護福祉士実務者研修課程なんだけれど、半年間で訓練を終了させるんだ。その過程で、介護福祉士初任者研修、全身性ガイドヘルパー(車椅子)、同行援護(視覚障害)、ケアコミニケーン検定の資格も取たんだよね。給料にはぜんぜん影響しないんだけれど」
 「わたしの知てる杉岡さんじないみたいです。杉岡さんと云えば親子関係、姉弟関係もガタガタで、ギンブル依存の借金持ちなメタボリクシンドローム。自己肯定感も低くて、不器用、不健康な素人童貞じなければいけないのです」
 「否定はしないけれども、そのイメージはいま通ている職業訓練校では無いからね?どちらかというと優等生寄りの生真面目キラだから」
 「詐欺じ無いですか⁉︎」
 「人がどう思うかは、僕にどうこうできるものじないじないか。誤解しているというならば、誤解しておいてもらう。僕は嘘をついていいていないのだよ。皆が勝手にそう思ているだけなのだから。それよりも田所さんはいま何をしているの」
 「デザイナーですよ。年収七百万程度です。たた五年で年収七百万を稼ぐようになる人材を、四年間も手取り十四万で働かせていた会社が潰れるのは当然ですよね。舐め腐てます」
 「……もう次の就職さきが内定しているんだけれど、手取り十二万だよ。夜勤ができるようになれば手取り十七万くらいになるんだけれど」
 「バイトした方が収入よく無いですか?」
 「実務経験三年してないと介護福祉士の国家試験を受けられないんだよね。資格が取れれば+一万くらいになるんだけれどね。ダブルワークをしていいところなら掛け持ちでもと稼げるかもしれないけれど」
 「ま、独身だし、どうにでもななるんじないですか?知らんけど。でもよかたじないですか。無職から立ち直れて」
 「そういえば、無職をしていて思たんだけれども、働いていた頃よりも充実して有意義な日々を、お金に困ることなく過ごしていたんだよね。もちろんそれは三百万の退職金があたからなのだけれども、働いているのに豊かな生活が送れなかた会社が潰れて本当に良かたよ。だて潰れて困た人なんてほとんどいなかたからね」
 「取引先とかに迷惑かけたでしうし、社員も途方にくれたんじないんですか?」
 「いいや、社員のほとんどは同じ業種に転職して前よりも時間に余裕はあるし、給料は多少下がてもボーナスがきちんと出るとか、社員で困ている人はいないよ。元社員で全く働いていないのは僕だけだし。潰した張本人である社長でさえ、元幹部が作た、たた三人の会社で社員として働いているからね。もう社長はやりたくないていてたけれど。取引先には債権が回収できないところがあたかもしれないけれど、そもそもそこが社長を騙して買わせた設備投資の失敗で潰れたんだから知たこないよね」

 会社が潰れた方が、みんなそれぞれに幸せな日々を送れるようになるという綺麗な倒産でした。

 「なんだ、この先に不幸になるのは杉岡さんだけじないですか。選択肢があるとして、バドエンデングに向かて迷わず向かていて、いろんな意味でカコイイです。滅びの美学ですね。関わりたくはありませんが」

 「お嬢さん、山男には惚れるなよ? 触たら低温火傷するぜ」

 「大丈夫です。わたしはごく普通のしあわせな一般家庭で生まれ育ちましたから、自ら進んで泥沼に足を突込むような真似はしませんよ。幸せな一生を送るのです」

 田所さんは素敵な笑顔でそういいました。
 僕は田所さんが言うような、普通の幸せな一般家庭に生まれなかたのでしう。だからそんな家庭を作ることもできませんでした。僕はとても抗議したい。僕が僕として生きられる家に生まれたかたと。
「それじ、そろそろ行きますね。わたしはそれなりに忙しいのです」
「そうだね。じあ、元気でね。僕みたいにないけないよ。僕みたいにないけないよ。僕みたいにないけいないよ。大事なことだから三回言たからね?」
 
 田所さんは笑いながら渋い顔をして、呪いの言葉みたいですねと言て人混みの中に消えていきました。
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