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第56回 てきすとぽい杯
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毎年の憂鬱
 投稿時刻 : 2020.04.18 23:36
 字数 : 954
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毎年の憂鬱
ra-san(ラーさん)


 毎年のことながら、なんとも憂鬱になる夜だ。
 晴れ着の着物に身を包んだあたしは、砂浜に敷かれたゴザの上にあぐらで座り、膝に頬杖をついて、そいつが来るのを待ていた。
 ぼんやりおぼろの満月に、光陰まばらの波が揺れ、寄せ引きの波音だけの静寂の夜の内から、そいつはそと姿を現す。

「やあ、今年もキミか」
「生憎に、まだいき遅れでね」

 波の中に気付けばそいつが立ていた。夜の海に黒いもやのように立つ人影だ。これがそいつの姿だた。

「それは喜べばいいのか、悲しめばいいのか」
「喜べばいいだろう? 今夜はそういう夜だ」

 あたしがそう言て、ゴザに置かれた酒瓶とおちこを持ち上げると、そいつは顔もわからぬ黒いもやの癖に、ちんと笑ているとわかる揺れ方でふわふわしながら、海からこちらへと上がてきた。
 そしてあたしの横に座る。

「では、駆けつけ一杯、ご相伴」
「あいよ」

 おちこに酒を注ぐ。そいつはグイと一杯煽り、すぐにおかわりを要求する。

「肴もあるよ」
「今年は何があるのかな?」

 ゴザの上には酒の他にも数々の料理が並べられている。全部こいつに食わせるためのものだた。

「とりあえず肉や山菜が食べたいな。魚はいいや。なんせずと海暮らしだし」
「とりあえず毎年そう言うね。わかてるから好物しか並べてないよ」

 あたしは箸でこいつにメシを食わせてやる。うんうんと黒いもやの癖にうきうきしているのがわかるように、こいつが揺れる。

「息災かい?」
「まあまあに」
「まあまあかい?」
「まあまあ大漁」
「それなら息災」

 そんな寄せて返す波の音みたいな会話を繰り返す。

「キミはいつまで?」
「嫁に行くまで」
「当てはどこかで?」
「息災でここまで」
「これまた息災」

 こいつの幾十度目かの笑い声が響く頃合いに、海の彼方が白み始める。

……朝だね」
「うん。朝だよ」

 こいつはじと白む海を見つめ、そしてのそりと立ち上がると、あたしの頭をそと撫でた。

「では、息災に」

 黒いもやが離れ、海へ向かて歩いていく。
 あたしはその背中にむかて声をかけた。

「また、一年後」

 そいつは歩みを止めず海に入ていき、波の下に消える間際にこう言い残していきやがた。

「嫁に行け」

 朝日が射した。そいつの姿はもういない。

……本当、毎年そう言てさ……

 毎年のことながら、なんとも憂鬱になる朝だ。
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