第58回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・前編〉
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甘い涙
あち
投稿時刻 : 2020.08.16 04:15 最終更新 : 2020.08.17 23:26
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- 2020/08/17 23:26:09
- 2020/08/16 18:24:22
- 2020/08/16 04:30:00
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- 2020/08/16 04:15:15
甘い涙
あち


 世の中にはいろんな涙があるようだ。何人かで歯を食いしばて流す涙。2人で抱き合て流す涙。1人大声で流す涙。真夜中、ひとり静かに流す涙が1番いい。
 なんて言たらいいんだろう、春の桜のような感じ。
 ふわりとした甘い香りが一瞬で消えてしまうような、見逃してはいけない『何か』があるようで、動きを止めた瞬間、胸のあたりがツンとするのがいい。こぼれ落ちるのを待てず、目尻にたまりかけたのを舐め取てみる。すると、口の中いぱいに春風が吹いたような、淡い甘さが駆け抜ける。舞い上がる薄ピンク色の嵐とともに、自分の中にある『何か』が湧き上がる。ドキドキと鼓動が高鳴る。たまらない。
 忘れられないあの味を、今夜も思い出しながら月夜の小道を歩いていると、頭上から聞き慣れた声が降てきた。
 「よ、ルリネコ。またヤツの所か?」
 呼び止められたルリネコは、声がする方をキとにらみ、いつも行くアパート目掛けて走り出した。
 夜道を歩く見慣れたネコの姿を見つけて、声をかけたのはヨダカだた。
 ヨダカは、ルリネコににらまれるとニと笑て、1つ2つと茶色の翼を羽ばたかせ、キと鳴いた。見上げればきれいな満月がこちらを見ている。まるで何かを見透かされているようで、ヨダカは居心地が悪く感じた。
 ルリネコは名前の通り、青ガラスのような澄んだ瞳と、短く艶のあるブルーグレーの美しい毛並みの若いネコ。月の光を浴びて、曇た銀色に光るその背中を見ながら、ヨダカは思た。どうやら最近、若い男に餌付けでもされて、涙の味を覚えたらしい。月が夜空を登りきると、いそいそとヤツの所へ行き、東の空が明るんでくると、寝ぐらにしている町外れの神社に帰てくる。
 確かに涙はうまい。だが、ただうまいだけじない。あのほんのりとした甘さの裏に、流したヤツの『何か』得体の知れないモノが紛れ込んでいるのだ。特に、人間の誰か大切な人を思て流す涙は、芳醇な香りを立ててオレ達を惑わす。ペロペロと夢中になて舐めていると、知らぬ間に、あの得体の知れないモノが体の中に溜まていく。オレ達の体を支配していく。黒く、黒く塗りつぶしていく。
 サキが落ちた闇。
 この薄汚れた翼のせいで森を追われたオレの目の前に立ち、シルバーグレーの翼を自慢するイケすかないヤツ。だけど小心者で調子のいい、どこか憎めないヤツだた。毎晩、田んぼで虫を突きながら、単調なサキの自慢話を聞くのは、慣れてしまうと楽しかた。
 ある三日月の晩、サキは夜な夜な田んぼの端でシメシメと泣く女に出会た。毎晩のように、その女の涙を夢中になて舐めた。すると、シルバーグレーの美しい翼はだんだんと濃いグレーと変わていき、その変わりように恐ろしくなたオレは、あの女と会わないよう、サキに頼んだ。何度も何度も頼んだ。だけどサキにはオレの声が届かなくなていた。仕舞いには真黒い翼になてしまた。翼だけじない。いつも、カエルの跳ねる水音に怯えていた赤いつぶらな瞳も、ギラギラと黒光りする様になてしまた。隣りにいるオレの映らない瞳になてしまた。
 そしてオレの知らない間に、新月の闇の中へ飛んで行た。
 今では『ヨガラス』と呼ばれる、オレの友達。オレのことを忘れてしまた、オレの友達。
 ルリネコは何も知らない。涙の味に夢中になているアイツのことだ。この話をしても信じてくれないだろう。やめろと言えば言うほどひねくれて、聞く耳を持たなくなるだろう。でも黙て見ている訳にはいかない。
 どうしたらいいんだ。ヨダカの小さな頭の中は、グルグルと渦を巻いていた。
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