てきすとぽい
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第58回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・後編〉
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螺旋世界の支配者数 ~ 新生種 ~
(
アコース@投稿用
)
投稿時刻 : 2020.08.16 14:19
字数 : 2500
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螺旋世界の支配者数 ~ 新生種 ~
アコース@投稿用
研究はすぐさま行き詰ま
っ
た。この紅い涙は、それまでの人智が全く及ばぬ奇妙な物質でできていて、おまけに強い魔力を含み、あらゆる器具や計器を侵食し、狂わせたからだ。
だが若者はこの時、ある発見をしていた。
人間の国の片隅で、いつしか妙な集団が目につくようにな
っ
ていた。その手には、赤い粒の入
っ
た小瓶があ
っ
た。
「ごらんなさい
……
これこそ、神が流した血の涙! 我らの教祖が啓示を賜り、特別に授か
っ
たものなのです」
涙型を刺繍した揃いの装束の者たちが、神の啓示の言意と、赤い粒の神秘性について語り聞かせ、人々の手を取
っ
た。
「祈りまし
ょ
う、この神の涙に。『勇者ヲ滅セ』」
男がその言葉を唱えると、赤い小さな粒が、チカリとおぞましい色の光を放
っ
た。
「さあ、あなたも、そちらのあなたも。『勇者ヲ滅セ』」
またチカリ。その奇妙な現象は、不思議がられ不審がられながらも、絶望に染ま
っ
た人々の目の色を次第に変えてい
っ
た。
彼らは『血涙教』と呼ばれ、衰えゆく人間の国の末端から、じわじわとその数を増やしてい
っ
た。
『血涙教』には、常に黒い噂が付きまと
っ
た。
やくざ者や奴隷商らと、裏で結びついている、とか。布教を口実に、街々で入信者を連れ去
っ
ては、洗脳を施し、過酷な労働をさせ、動けなくな
っ
た者は地の底に捨てる、など。
しかし、どんな醜悪な噂が立とうとも、教祖や指導者らが表立
っ
て否定することはなか
っ
た。否定できなか
っ
た。も
っ
と非人道的なことを、秘密裏に行
っ
ていたからだ。
――
人体実験だ
っ
た。生きた人間の体に、あの赤い粒を埋め込むのだ。
赤子から老人まで、数多の男女の体にそれは施された。大抵は、数日と経たず発狂して死んだ。それを生き延びた者も、ほどなく全身に奇妙な病症が現れ、化け物じみた容姿とな
っ
て息絶えた。その体から、赤い粒を取り出し、また別の人間に埋め込むのだ。人を変え、部位を変え、そんなことが幾年も繰り返された。
しばらくして、被験者はある種の人間に絞り込まれた。妊婦だ
っ
た。女が集められ、孕まされ、胎内に赤い粒を埋め込まれた。その腹はやがて、人間の胎児ではあり得ぬほど大きく膨れ、母体を割り裂くようにして異形の赤子が生まれるのだ
っ
た。そうして生まれた赤子さえ、ろくに育たず、すぐに悪臭のする有機体の塊へと成り果てた。大量の女の死体と肉塊とが、人知れず埋められた。それでもまたどこからか、女が連れ来られ、孕まされ
…………
。
途方もない時間と膨大な犠牲の末に、それは生まれた。育
っ
たのは1体きりだ
っ
た。
『紅の神獣』と名付けられたそれは、勇者20人分の魔力を持ち、山を片手で薙ぎ払うほどの腕力を持
っ
ていた。かつての魔王を彷彿とさせる姿をしていたが、それを知る者は、人間の中にもはや存在しなか
っ
た。
禍々しくも力強きその姿に、老いた教祖は膝を折り、しわがれた声で嗚咽をもらした。彼こそ、廃城から紅い涙を持ち帰
っ
た、あの若者だ
っ
た。
「ついにこの日が来たというのか
……
。さあ、神獣よ、積年の恨みを晴らす者よ。『勇者ヲ滅セ』」
神獣が雄叫びをあげた。巨大な鎖をたやすく引き千切り、教団の施設を無造作に踏み荒らして、そのいきものは初めて地上に姿を現した。
神獣の力は圧倒的だ
っ
た。
無抵抗も同然の虐殺に飽いていた勇者の国の戦士を、たちまちのうちに元の国境線付近まで押し返し、そこで、結集した勇者たちの一団と、正面対決とな
っ
た。
勇者たちは、本格的な戦闘に長いブランクがあるにも関わらず、素晴らしい剣技と魔法の連携を見せた。かつて人々の喝采を浴びた技の数々に、人間たちは今、口々に呪いの言葉を向けた。
『勇者ヲ滅セ』『勇者ヲ滅セ』
その言葉が届くたびに、神獣の力が一段、また一段と増していくようだ
っ
た。
神獣の踏み荒らした土地には、呪われた黒い煙が幾筋も立ち昇
っ
ていたが、それを気に留める者は誰もいなか
っ
た。
長く激しい消耗戦が続き、ついに、神獣が勇者の国へ一歩を踏み出した。
やがて、二歩。三歩。
勇者の一団は後退を余儀なくされ、魔力が尽きて倒れる者が現れ始めた。神獣が動き回る勇者らを追い回す中、倒れた勇者の元には、とどめを刺そうと人間たちが殺到した。
「悪の根源め!」「父の、兄の仇!」
そしてとうとう、最後の勇者が力尽き、地に伏した。人間たちは捕らえた勇者を広場に引
っ
立て、斬首の斧を振りかぶ
っ
た。
「言い残すことはあるか」
「
……
ここで私を殺せば」勇者は力を振り絞り、処刑者を睨み上げた。「再び必ずや、魔王に支配される時代がや
っ
てくるぞ」
「何を言う。魔王も、勇者も、変わらないではないか」
斧は振り下ろされ、勇者の首が転が
っ
た。広場にわ
っ
と歓声が広が
っ
た。
広場に上が
っ
た歓声は、波が押し寄せるように生き残
っ
た人間たちの間に広が
っ
てい
っ
た。人々は張り詰めていた糸を失
っ
て崩折れ、喜びの涙を流し、踊り、抱き合
っ
た。
その喧騒も、やがて、再び波が引くように消えてい
っ
た。
そこには、ただの一人の人間も残されていなか
っ
た。皆、消えてしま
っ
た。
人間たちは皆、かつてその代表だ
っ
た勇者たちでさえも、遥か遠い昔に忘れてしま
っ
たのだ。自分たちの成り立ちを。勇者の一族が、一瞬にして消滅した一億の魔物たちにと
っ
ての、歴代魔王らと同じ存在であ
っ
たという、その事実を。
無人の荒れ野に、一匹の神獣だけが蠢いていた。
その傍らに、煙のように近づく影があ
っ
た。ロー
ブを纏
っ
た、それはあの賢者だ
っ
た。
賢者はフー
ドを脱ぎ、焼け焦げた空気に顔を晒した。「魔物よ、人間よ、私を恨むか」
「だが、弱い種が死に絶え、より強い種が全てを支配するのが、この世界のルー
ルであるならば
――
これこそ、終着点にふさわしいとは思わないか」
神獣に静かに歩み寄りながら、賢者はロー
ブを脱ぎ捨て、全身を露わにした。
その姿には、人間の特徴と魔物の特徴とが、混然一体とな
っ
て現れていた。さらには、薄
っ
すらとだが、女性の特徴も。
「今は、残された我ら二体が、この世界の支配者だ」
賢者は、神獣にその手を差し伸べた。知能などないと思われた神獣が、しばしの後、それに呼応した。
ほどなくしてそこには、賢者を肩に乗せ、居住に適した地を求めて歩む神獣の姿があ
っ
た。
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