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第58回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・後編〉
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海の底の方程式 ~ どの手でいくか ~
 投稿時刻 : 2020.08.16 00:41 最終更新 : 2020.08.16 00:50
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- 2020.08.16 00:50:26
- 2020.08.16 00:48:35
- 2020.08.16 00:43:57
- 2020.08.16 00:41:03
海の底の方程式 ~ どの手でいくか ~
ふわ ゆー


――なんですかそれ? 心理テストですか?」
 新たに海底施設に着任した若い研究員が訊いた。
「いやいや単なる世間話だよ、実際に起きた軍の極秘事項だがな。あれは不幸な事故だた」
 湯気の上がるポトからコーヒーを注いでひとつを新任の研究員に差し出た年配の研究員。その口元には微かな笑みが浮かんでいた。

「極秘事項ですか?」
「ああそうだ。だから内密にな。ところで実際どういう結果になたと思う。つまり潜水服を着られなかたのは誰かということだがね」
「そりあ、やぱりリーダーないですか。例えば船の船長は転覆するとき最後の一人が脱出するまで残るていいますよね」
「ふうん。そう思うかい」
「だて、やぱり世のフミニズム風潮として女性に着せないわけにはいかないし、これからの未来ある若者を死に至らしめるというのもおかしな気が……

「それは君が若者だからそう思うんじないのかね?」年配の研究員がカプを口元に当て熱いコーヒーをすすると、言葉を継いだ。「経験豊富な優秀な教官が一人いれば、若者を育てるのは可能だが、若者をいくらかき集めてもその中に生きた経験を持たものはゼロだ」
「それは、ひとつのものの見方ですよね」若い研究員は表情を曇らせる。
「そうだよ。単なる世間話だ。だが、そのような会話をして若者は自分が潜水服を譲ると言い張たらしいよ。たいしたヒロイズムだね」
「つまり、若者が残たんですね」
「いやいや話を急ぐんじない。実は女性も断たらしいんだ」
「シングルマザーの女性がですか?」
「そう、彼女いわく、私はフミニズムを盾にして自分の目先の利益に飛びつくような被害者ヅラが好きな女とはわけが違う。とね」
「タフですね」若者は苦笑いした。
「そうだな。子供のことはこの任務についたときから覚悟してたし、子供にもそう教え諭してあるということだたから用意周到だといえるね」

「じあ、3人とも自分が着ないと言い張たんですねえ」
「とはいえ、事態は切迫している、ギリギリまで事態の好転を期待するとはいえ、こういうことは決めておかねばならん」
「どうやて決めたんです?」
「彼らは結局、この世の中で最も公平な決め方で決めたんだ」
「どんな手を使たんです?」
「ジンケンだよ」

……ンケンですか。それはまた」
「不服かね。この世にジンケンを超える公平な方法はないんだよ」
「なるほど、確かに考えてみれば公平ですね。ただ、とても深刻なジンケンです」
「だな。だが世の中にはそういうこともあるということだ」
「結果はどうなたんですか?」
「結果とは? 誰が負けたかということかい?」
「それもですが、潜水服を着た二人が助かたのかということもです」
「結局ジンケンに負けたのはリーダーた。だが幸運なことに基地に酸素がなくなるギリギリのところで奇跡的に嵐は止んだ。しかし軍は助けに来なかた」
「でも、潜水服を着た二人は助かたんですよね」

「いいや」年配の研究員は首を振る。
「そ、そうですか」とうなだれる若い研究員。
「実は助かたのは3人ともだ」と驚くことを言う。
「本当ですか?」目を見張た。
「本当だ、ジンケンに負けたリーダーというのはかくいう私のことだからね」
「そうなんですか、良かたです。でも何故?」
「何故? そもそも何故軍は助けに来なかたのか」
「そうですね、そういえばおかしな話だ」
「ちなみに、その事故が起きたのはこの海底施設だ」
「あ! なあんだそういうことか、あなたも人が悪い」と若い研究員は朗らかに笑う。

「そう、この海底施設が立ているのは海面から20メートル下、陸地の海岸からも30メートル離れているだけだからね。嵐で海が荒れていなかたら潜水服の装備なしでも、水深10メートルで水圧に順応するための3分間の停止をはさめばなんとか陸に上がれたんだ」
「ふふふ叙述トリクですか」若い研究員はすかり冷めてしまたコーヒーを飲み干す。
「言ただろ、単なる世間話だよ。ただダイバー訓練をしていたとはいえ、あの年齢で5分もの無酸素状態は体にこたえたがね」年配の研究員はあいかわらず口元の笑みを絶やさぬまま肩をすくめてみせた。
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